表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

127/185

第七話 血


 刃が翻った瞬間、蓮の手首に紅の線が一本、走っていた。

 痛みに、眉がかすかに反応する。

 喉元に突きつけられていたのだから、そのまま刺されるのだと思っていた。一瞬の苦痛ですべてが終わる。――楽になれると考えていたから、痛みよりも驚きの方が強い。

 鮮血が腕を、そして肘を伝って臥牀を濡らす。


「お前はおれのものだ。たとえ死という形にせよ、逃げられるとは思うな」


 低く囁いて、月龍は頭を深く沈めた。蓮の肘から垂れる滴に口づける。するすると赤い液体を舐めとりながら、舌が腕を這い上ってくる感触は気味の悪いものだった。

 口づけは傷口にまで到達し、鼓動に合わせて溢れる血液を飲む様は、常軌を逸している。


 眩暈は貧血のせいばかりではない。恍惚さえ浮かべた月龍の残虐な行為が、蓮の気を遠くさせる。

 ふらりと傾いた体は抱き竦められ、臥牀へと押し倒される。ようやく蓮の傷から口を離した月龍に、安堵する間もなかった。再び、刃が閃く。

 新たにできた傷は、月龍の右手首にあった。

 まるで痛みを感じていないのか、眉も歪めない。傷口から飛んだ血飛沫が月龍の顔を、滴った赤い滴が蓮の顔を濡らす。


「そして――おれもお前のものだ」


 朦朧としていた蓮は、口元に月龍の手首を押し当てられたことで、はっと我に返った。

 左手で両頬を掴まれ、強制的に開かされた口に、月龍の傷から流れ出る血液が入ってくる。

 血の滴る手首を銜えさせてくる男――視覚的な恐怖だけでも凄まじいのに、口中には血の味が広がっていた。


 平気でいられるはずがない。月龍の手を振り払い、なんとか顔を背けて吐き出す。

 けほけほと咳き込む蓮に、月龍は薄く笑った。


「吐くな。ちゃんと飲みこめ」


 蓮は答えない。嫌だと返事のために口を開けば、また傷口を押しつけられるのは目に見えていた。

 きゅっと歯を食いしばる蓮に、月龍は呆れたような笑みになる。

 聞き分けのない子供を見るような、妙に優しい眼差しがかえって気味悪かった。

 蓮が口を開かないとわかると、月龍は自ら傷口に唇を寄せる。


 狙いなど、考えるまでもない。口中に自分の血を含んだまま、蓮へと口づけてきた。

 必死で口を噤んでいたが、執拗に続く口づけに息を奪われてとうとう開く。そこから注ぎ込まれる血液を、蓮が飲みこむまで唇を解放してくれなかった。


 喉を通って行く生暖かい感触と充満する血の匂いに、吐き気が込み上げてくる。けれど今吐き出しては、また同じことをくり返されるだけだ。

 幾度も経験させられるなど、耐えられない。嘔吐感もろとも飲みこむも、激しく咳き込むことだけは止められなかった。


 満足気に笑んで、月龍は衣服を脱いで体を重ねる。

 蓮にとっても月龍にとっても、すでに慣れた行為であり感触だった。蓮は痛みのない苦痛に、月龍は――おそらく愉悦に、眉を歪める。


 ぬるぬると気持ちの悪い感触に、月龍が自分の手首を蓮の手首にこすりつけていることを知った。

 擦れる度に、傷が痛む。

 刺激され、増す痛みでさえ悦楽に繋がるのだろうか。月龍はいつも以上に陶酔した表情で、ああ、と血の匂いがする息を吐き出す。


「愛している、蓮。絶対に離れない。ずっと傍に居てあげる。ずっと――」


 まるで蓮が望み、せがんでいるかのような口ぶりと、奇妙なまでに優しい口調。

 すでに蓮の耳は、月龍の声音にも言葉にも反応しない。意識を失う瞬間に認識したのは、二人の血で顔を汚しながら、恍惚のために目を閉じた月龍の姿だった。


 月龍は蓮が失神したことにも気づかず、ひとりただ悦に入った様子で犯し続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ