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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十二章

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第三話 保護欲


 蓮を背に庇いながら、月龍を見る。

 あくまで怒りは見えなかった。ただ淡々と、口を開く。


「おれの目にはとても嫌がっているようには見えなかったが――なぁ、蓮?」


 多分に笑みを含んだ声。呼びかけられた当人ではない蒼龍でも、背筋が凍りつきそうなものだった。


 ならば、当の蓮の恐怖たるや如何ほどか。


 月龍と言葉を重ねながら臥牀を降り、立ち上がっていた蒼龍は後方に目を向ける。

 見えたのは、蒼龍と、そして月龍からも隠れようとしているのか、自らの身体をかき抱いた蓮の後ろ姿だった。斜め後方から見える横顔だけでも、はっきりと怯えが見て取れる。


 かたかたと歯を鳴らして震える姿は、痛々しかった。自己暗示が解けてしまった今、月龍を裏切った事実を認識し、今までにも増した暴力を覚悟しているのだろうか。


 けれど、激怒してしかるべき月龍が、憐れにも震え続ける蓮を見やっては目を細めている。

 蓮を守れるのは、自分しかいない。

 害することを目的として触れたはずなのに、言い様のない保護欲に襲われていた。


「おれが蓮を騙したのだ。あなたのふりをして――あなただと思ったからこそ、身を任せた。彼女に非はない。責めるのならばおれを」

「おいおい」


 月龍は足を組み、くすくすと笑いながら弁明を遮る。冷ややかな笑みの中に、微かな呆れの色が滲んでいた。


「先ほどから言い分が二転三転しているぞ。どれが本当だ?」


 発せられた意地の悪い問いに、答える術はなかった。唇をかみしめ、拳を握りしめて黙り込む。

 けれど、なんとか蓮を守らなければならない。言葉を探して目は宙をさまようが、答えが見つかるはずもなかった。


「そううろたえるな。お前を責めるつもりはない」


 軽く肩を竦め、腕を組み直す。首を傾げる仕草は、やはり飄々としたものだった。


「なんなら続けたらどうだ?」

「なに?」

「興味はある。自分と同じ顔をした男が、自分の女を抱いているところなど滅多に見られるものではないからな」


 ふざけた仕草で、信じ難い台詞を吐く。


 愕然とした。何故こうも冷徹な態度でいられるのか。もっと短絡的な、激情型の男だったはずなのに。


「何故だ」


 素足で踏みしめる床の冷たさも感じない。実兄の女を抱こうとした悪行すら忘れ、胸を熱くする感情は、怒りだった。


「あなたは蓮を愛しているのではないか。少なくともかつては愛していたはずだ」


 かつての態度を見れば、月龍の想いなど疑う余地はなかった。

 なのに何故、今はこれほどまでに無関心を示すのか。


「何故、一度は愛した人を前に、それだけのことが言える」


 自分の口からまさか、愛を問う言葉が出て来るとは夢にも思わなかった。今まで、愛だの恋だのとは無縁、無関心の人生を送ってきたというのに。

 月龍の顔から、表情が消える。


「戯言に付き合う気はない。そこの女を抱かないなら、用はないだろう。もう帰ったらどうだ」


 笑みが消えた月龍の眼光は、鋭い。

 今更かと思う。本来であれば、目撃したと同時に発動されるべき怒りのはずなのに。

 眉根を寄せて睨みつけてくる月龍に、蒼龍も目つきを鋭くする。


「それこそ戯言だ。この状況で立ち去ることができるとでも?」


 月龍の感情は理解できない。わかるのはただ、蓮に向かって暴力が振るわれるだろうことだけだ。


「そうか」


 拒絶の意思表示に、返答は淡白なものだった。

 ただ、左手を剣の柄にかけて腰を浮かす。

 蒼龍の手も反射的に右腰へ伸び――刀がないことに、気づいた。

 居間で、卓の前に腰を下ろしたときに外したのだ。仮にそうではなかったとしても、今まさに女を抱こうとしていた状況で刀をつけたままのはずもない。

 あるのは、偽造した懐剣だけだ。刃の短い懐剣で、月龍の刀と渡りあえる自信はない。

 捨て身でかかれば、相打ちくらいには持ち込めるだろうか。その間に、蓮が逃げるだけの時間を稼げればいいのだけれど。


 一歩、二歩と歩み寄ってくる月龍が、刀を抜き放つ。ゆったりとさえした動作で振り上げられる様を、反応できるように見つめ――


 そのとき、明かりを受けた白刃が輝いた。

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