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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十二章

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第二話 本心


 決して気配に疎いわけではない。なのに足音を耳にするまでまったく気づかなかったとは。

 咄嗟に体を起こして、振り返る。出入口に立つ月龍の姿に、失敗を自覚せずにはいられなかった。

 出現に違和感を覚えさせないため、あまり早くには来られなかった。今日は様子見ですぐに立ち去るつもりが、功を急ってしまったがための失策だ。


 否、この展開も悪くはない。幾度も密通を重ねて蓮の心を手に入れるつもりではあったが、こちらの方が早いのではないか。現場を目撃した月龍の衝撃は、凄まじいものだろう。

 そう、心が動こうが動くまいが、月龍から見れば蓮の裏切りには違いないのだから。


 けれど、怒りの形相を示しているはずの月龍の顔には、呆れにも似た笑みが浮いているだけだった。

 内開きに開いた戸に、側面で寄りかかる気怠い姿勢。歪んだ口元が、空恐ろしく見えた。


「邪魔をする気はなかったが、ここに用があってな」


 発せられた声は、至って平静だった。だからこそ、おかしい。憤怒もあらわに怒鳴りつけるのが、もっとも適切な行動のはずだ。

 これではまるで、蓮になんの関心も抱いていない男のようではないか。

 この態度であれば、蓮が月龍の心が自分に向いていないと思っても無理はない。


 突如離れた相手の男、そしてすぐ近くにいるはずの月龍の声が、やや距離のある場所から聞こえたのだから、蓮にも異変は伝わる。

 まだどこか火照ったような、のんびりとした動作で入口に目を向け――びくりと身を竦ませた。


 夢から覚めたのだろう。飛び跳ねるように上体を起こし、蒼龍の手ではだけさせられていた衣服の前をかき抱く。


 ゆっくりと床を蹴る月龍の足音が、静かな部屋に響いた。凄烈な気配を纏っているというのに、奇妙なまでに落ち着いた物腰が不気味だった。


「だが、扉くらいは閉めておくものだ」


 手を伸ばされ、身構える。けれど月龍は蒼龍には構わず、枕元近くの棚へと向かった。引き出しを漁り、なにか小さな包みを取り出す。

 小型の棚が載せられたその卓には、酒瓶もあった。月龍は包みの中から粉末を口に放りこむ。そのまま酒瓶の口に唇を寄せた。


 理解を超えた言動だった。殴りかかるどころか斬り捨てられてもおかしくない展開なのに、超然としている。酒にまで手を伸ばし――否、その前に口に含んだ、あの粉末は一体なんだ?


 月龍が、常とは違う優雅とさえ呼べそうな仕草で、蒼龍を振り返る。たったあれだけの酒で酔ったわけでもなさそうなのに、不意に足元がふらついた。

 よろよろと後退し、壁際の(ショウ)にかくんと座る。

 まるで、力が抜けて倒れ込んだようだった。壁に後頭部をつけ、顔を仰向け目を閉じた表情は、恍惚としたものだ。


 ――毒……否、薬か? どちらにせよ、性質の悪いものであることは確実だ。


 愕然と見つめる先で、月龍がふふ、と薄い含み笑いを洩らした。


「しかし、おかしいとは思ったのだ。門衛はいないし、居間に人の気配もない。それがまさか――」


 喉の奥を振るわせて、不気味に笑う。ようやく開いた目も、まだ半分瞼は落ちたまま。

 とろんとした目つきと視線が合ったとき、背筋が寒くなった。


「まさか、このようなことになっているとはな」


 言葉に、はっと我に返った。月龍の態度の空おそろしさだけではなく、焦りが冷たい汗を吹き出させる。


「違う、誤解だ。おれと彼女とは、なんの関係もない」


 慌てて口にしたのは、愚かな言い訳だった。ほう、と月龍の眉が跳ね上がる。


「その乱れた姿で、臥牀の上で抱き合っておいて、か?」


 面白がる口調に、返す言葉もない。この状況で「なにもない」と言われて、素直に頷くのはただのうつけだ。


「違う、そうではなくて――これは、おれの仕業だ。おれが腕ずくで、彼女を押さえつけただけだ」


 蓮に、蒼龍の焦った姿を見せるのは悪くない。自分の非を主張し、蓮を庇って見せるのは気を引くためにも得策だ。

 そう考えれば、今自分が行っている言動は正解だった。

 問題は、この焦りが演技ではなく、本心であるということだけだった。

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