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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十二章

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第一話 足音


 自己防衛本能から暗示にかかりやすくなっているのだろうか。一度「月龍」と呼んでからは本当にそう思いこんでいる様子だった。

 深くなった口づけにも、抱き上げて横たわらせた臥牀の上でもおとなしかった。帯を解き、直接肌に触れてもなんの抵抗もない。ただ、静かな吐息だけが洩れる。

 紅唇が開き、「月龍」の名が呼ばれた。繰り返しそう呼ぶことで、さらに暗示が深くなっているのか。


 違う、おれは月龍ではない。

 幾度も口にしかけて、その都度衝動を飲みこむ。感情に任せて叫べば、正気に戻った蓮はすぐにも腕の中から逃げていくだろう。


 蓮の身体に目を落とす。そこには予想通り、いくつもの痣があった。

 月龍の暴力は顔だけでなく、全身に及んでいるのだろう。変色した肌が、痛々しい。


 これでもまだ、月龍がいいのか。なにがそこまで特別にさせるのか、皆目見当がつかない。顔も流れる血も同じなのに、差は何処にあるのか。

 否、差などない。あるとしても、蒼龍の方が優れている。


 所詮、男と女のことだ。一度線を越えてしまえば、どうとでもなる。

 それも比べる対象が非道な男であれば、話はもっと簡単になるはずだ。


 だからより、優しく触れた。痛みを与えないように極力痣をよけ、胸元に唇と舌を這わせる。んっ、と小さな声が、蓮の口から洩れ出た。

 気をつけてはいたが、痛かったのだろうか。わずかに身を離し、蓮の顔を見る。


 閉じていた瞼を開いた蓮が、柔らかな笑みを刻んだ。

 琥珀の瞳は、蒼龍の顔を映している。けれど彼女はそこに、月龍を見ていた。蒼龍だと認識もしていない。


 するりと、腕が首に絡みついてくる。やんわりと弱い力に引き寄せられるまま、頬と頬を接した。


「大好き」


 吐息に乗った甘い囁き。もう名を口にせずともわかる、月龍に向けられたものだ。決して、蒼龍に与えられたものではない。

 月龍はこれに、なんと応えるのだろう。蓮と同じく、「大好き」だと口にして、抱きしめるのだろうか。

 それとも、「愛している」と口づけるのかもしれない。


 好機だ。考えろ、月龍ならばどう返すのか。

 正解を早く見つけて、蓮の心を掴め。

 月龍の真似でなくとも構わない。蕩けるような甘さを耳に吹きこめ。

 そうだ、違っていい。違いを見せつけろ。ここにいるのは月龍ではなく蒼龍なのだと、思い知らせればいい。


 そうなれば蓮は、逃げ出すだろうけれど。


「――うん」


 結局、答えは見つけられなかった。頷くような、鼻を鳴らすような半端な声を出して、蓮の髪に顔を埋める。

 肺への圧力は、どのような感情がもたらしているのか。息が苦しい。呼吸すらままならない理由は、一体何なのか。


 思考の袋小路に迷い込んでいたせいだろうか。ざりっとした足音が聞こえて、初めてその気配に気づいた。

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