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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十章

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第八話 提案


 蓮が呆然と――愕然とした目で、月龍を見上げている。


 マオミィが死んでから、十日以上が経った。

 あれ以降、蓮は決して涙を見せない。月龍が帰ってくると、笑顔で出迎えてくれる。

 白々しい作り笑いと、無理に明るさを装った声。月龍が帰る直前まで泣いていたのだろうことは、目元を見ればわかる。

 なのに何事もないかのように振る舞う蓮に、気づかぬふりをしているより他はなかった。


 蓮の機嫌を取ろうと、なだめたりすかしたりもしてみる。けれど反応は変わらず、困ったような笑みを作るばかりだった。

 マオミィに見せた微笑みが欲しくて右往左往し、結局は脅して暴力を振るう。

 ああなにをしているのかと自己嫌悪して、それでも蓮の体温を求めて、最後は虚しい気分のまま眠りにつく――それが、月龍の日常だった。


 それをどうにかして変えたいと思っていた矢先に、提案が持ちかけられた。

 使える、と思った。悪辣な手法だが、蓮の気持ちを揺さぶることができる、と。


「あの――今、なんて……?」


 帰ってくるなり切り出した話は、信じがたいものだったはずだ。引きつった顔で訊き返す蓮に、ふん、と鼻を鳴らした。


「聞こえなかったか。(ヨウ)様が君をご所望だ。交換として、おれの昇進を約束してくれた」


 続けた言葉に、聞き間違いではなかったことを知ったのだろう。瞠った蓮の目が、痛々しい。

 ――期待通りの反応だった。


「おれにとって悪い条件ではない。だから一晩、楊様の相手をしてきてほしい、と言った」

「でも――でも、一晩のお相手ともなれば、お酒の席での接待だけではなく――」

「まぁ、当然だろうな」


 なにを今更、と首肯して見せる。


 その男に声をかけられたのは、帰り際のことだった。

 名を楊闢(ヨウヘキ)(あざな)黎耶(レイヤ)という高官である。直接ではないとはいえ上官に当たる楊闢を無視するわけにもいかず、立ち止まった。


 月龍は楊闢を嫌っていた。高位の武官ではあるが、その地位につけた理由の半分は、諸侯の嫡男と言う身分のおかげである。

 それだけではない。賄賂や裏工作を得意とし、着々と地位を上げていった。また、そうやって手に入れた権力の使い方が汚い男としても有名である。


 もっとも、逞しい容姿はまず端正と言ってよく、黙っている分には充分女好きのする顔形をしていた。

 しかし、女達への態度は月龍にも輪をかけて酷い。

 乱暴ではなく、慇懃無礼だった。冷酷というよりは残忍さがあって、その上好色を隠す気もない。


 その楊闢が持ちかけてきた、非道な提案。それは月龍が、蓮の身分だけを欲して近づいたという仮定の下でしか成立しない。

 それが宮中での月龍の立ち位置であり、今では蓮さえそう思っている。


 不愉快だった。目前で薄笑いで下衆な発言をする楊闢も、月龍を一向に信用する気のない蓮も。

 不快に任せてつっぱねかけて、ふと気づく。この提案をぶつけることによって、蓮の本心を引き出せないだろうかと。


 そこで、蓮に確認するなどと芸のない返答をし、帰ってきたのだ。だから蓮の顔色が、まるで音さえ立てるように血の気を失ったのを見て、満足だった。


「どうした。顔色が悪いぞ。――まさか、嫌だとでも言うつもりか?」


 蒼白に染まった顔で俯き、かすかに全身を振るさせる蓮に、皮肉な口調を装う。

 蓮は元来、自分に向けられる思慕の情や欲望などに疎いところがあった。

 それでも楊闢が向けてくる好色な目には気づいていたらしい。あからさまに示される劣情に、さすがの蓮も嫌悪感を覚えていた様子だった。


 幼ければ幼いなりのよさがある――楊闢はいままでにもそう蓮を評し、それとなさを装ってはこの件を暗示してきた。

 愚鈍な男を演じ、気づかぬふりをし続けていた月龍に、とうとうしびれを切らして直接口にしたのだろう。


 溜まった涙が、琥珀色の瞳を揺らしていた。至極まっとうな反応に、思わず目を細める。


「断るはずはあるまいな。君はおれのためと言って、(リーアン)に身を委ねた」


 口の端を吊り上げる月龍は、はっと上げた蓮の悲痛な顔を見た。

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