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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十章

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第七話 破綻


 翌朝、目が覚めたときに見たのは、蓮の頬に残る涙の痕だった。

 泣き疲れて眠ってしまったせいか、月龍が起き出しても目を覚ます気配はない。

 悲しげに眉を歪めてはいる。それでも久しぶりに見た寝顔にふと、口元が緩んだ。


 元来、蓮は朝が苦手だった。夜にどれだけ早く眠っても、翌朝には眠たそうにしている。まだ居を共にする前に泊まったときも、月龍より早く起きることはなかった。

 別に、それでいいと思っていた。身支度くらい、一人でできる。わざわざ起こしてまで、手を煩わせる必要はなかった。


 けれど共に生活するようになって以降、蓮はいつも月龍よりも早く起きる。自然と目が覚めたわけではなく、意識してそうしているのは明らかだった。

 身の回りの世話を完璧にこなさなければとでも思っているのだろう。貧血でも起こしそうな青白い顔で、礼儀正しく送り出してくれる。


 そのような覇気のない表情をされているよりはよほど、寝顔を見せてくれる方が癒されるのに。


 だから朝日の中で眠る蓮の姿は、嬉しかった。

 その小さな喜びを抱いたまま、帰宅する。


「――おかえりなさいませ」


 出迎える蓮の顔と声が、暗い。いつもの作り笑顔さえ浮いていなかった。泣き腫らした目元が、痛々しい。

 月龍はふと、眉をひそめた。


「マオミィはどうした」


 蓮を慰め、笑顔を取り戻させるのがあの仔猫の役割だったはずだ。なのに主を放ってなにをしているのかと、本気で考えていた。

 蓮の肩が、びくりと竦む。


「マオミィは――庭に、埋めました」


 俯いた震え声が、小さく答える。そうしてようやく、昨夜のことを思い出した。


「――そうか。マオミィは死んだのだったか」


 口をついて出たのは、他人事のような言葉だった。

 呟いたあと、急激に実感が湧いてくる。昨夜のことが夢ではなかったと――月龍がこの手で、マオミィを殺したのだと。


 そうか、あれは現実だったのか。


 悟った瞬間、血の気が一気に引くのを感じた。


「すまない」


 目に涙を溜めて俯く蓮の両肩に、手をかける。

 蓮はマオミィを可愛がっていた。その死を悼まないはずがない。

 それも、月龍に殺されたのだから。


 目前で愛猫を殺されて、どのような気持ちだっただろう。

 しかも月龍は、涙に暮れる蓮を構わずに犯した。すぐに埋葬することも許さず、死体を横目にしたまま一晩を過ごさせた。

 どれほど、辛かったか。


「すまない、蓮」


 慌てて弁明を試みる。


「あのようなつもりではなかった。昨夜は気が立っていて――マオミィが邪魔したから――君が、彼をかばったから――」


 言いつくろうにしても、達者な口を持っていない。しどろもどろに言い訳じみて呟くが、ほとんど意味のある言葉ではなかった。

 ふぅと深く嘆息して、心配げに蓮の目を覗きこむ。


「――大丈夫か、蓮。マオミィがいなくなって、寂しいだろう」


 それをお前が言うのか。

 月龍の頭の中に聞こえた責言は、果たして蓮の眼差しが発したのか、それとも自責の念が呟かせたのか。

 月龍を見上げて、蓮が瞳を揺らす。だが月龍と目が合うと、すぐに俯いた。


「ごめんなさい、私が悪かったの」


 震える声に、涙の匂いがした。


「部屋をきちんと閉めておけば……あの子が、部屋を出られないようにしておけばよかったの。そうしたら――」


 殺されずに済んだ。そう言いかけたのだろうか。一瞬言葉に詰まって、再び口を開いた。


「――そうしたら、あなたを不快にさせることはなかったのに」


 悲しげに眉を歪めて、口元に当てた手を振るわせる蓮に、言いようのない苛立ちが湧いた。

 一層のこと、泣けばいいのに。何故マオミィを殺したのかと責めてくれた方が、よほど月龍の気持ちは救われた。


 受け止めてもらえなかった罪悪感は行き場を失い、月龍の胸に戻ってきてはまとわりつく。

 ――じわじわと、心を腐敗させる。


「辛気臭い顔だ。幾度言っても、改める気配もない」


 チッと舌打ちと共に吐き捨てる。つい今しがたまで、蓮を心配していたというのに。

 豹変した面持ちと口ぶりに、「ごめんなさい」と怯えた声で蓮が反応する。

 条件反射なのだろうか。謝罪のときには泣きそうに歪んだ顔に、作り笑いが貼りついた。


「湯浴みの準備ができています。どうぞ、ゆっくり寛いでいらしてください。そのあと、すぐに召し上がれるように、食事を用意しておきますから」


 目を細めて首を傾げるわざとらしい仕草が、さらに神経を逆撫でする。

 自業自得だ。思う傍ら、蓮を癒してくれるはずだった仔猫が、結局は傷つける結果となったことが辛い。


 その切なさと焦燥感が入り混じり、怒りにも似た感情を生んだことに、月龍は気づかない。胸の根底に薄く広がっていく憎悪が、本来は自分に向けられていることにも気づけなかった。

 それをただ、蓮にぶつける。後悔するとわかっていても、止められなかった。


 鋭く睨みつけても、蓮は虚しい作り笑いを返してくる。

 逃げるように、無言のままで湯浴みへと向かうしかできなかった。

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