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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十章

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第六話 多幸感


 短くはあるが綺麗な毛並みを逆立てて、牙を剥くマオミィの姿は、小さくとも獣であることを示しているようだった。

 動物の目に、この営みがどう映ったかはわからない。

 仰向けに倒れて降参を示す蓮を、無用に嬲っているようにでも見えたのだろうか。


 いずれにせよ、マオミィの敵意だけは明らかである。

 フーッと威嚇してくるマオミィが、不愉快だった。


「なんだ。邪魔をするな。鬱陶しい猫だ」


 今は蓮と睦みあっている最中だ。少なくとも月龍の認識ではそうだった。

 愛情を確かめ合う幸せな行為を邪魔されたのだと思えば、引っかかれた痛みなどより不快が強くなる。


「ごめんなさい」


 苛立ちを見て取ったのだろう。謝ったのは、腕の中の蓮だった。

 怯えた声が、幻覚を薙ぎ払う。顔色を失い、マオミィを気遣う表情の蓮が見えた。


「すぐ、向こうへ行かせます」


 腕の下で、蓮がもぞりと動く。

 抜け出す気だ。

 起きてマオミィを違う部屋へ連れて行き、今日はそのまま戻らないのではないか。


「逃げる気か」


 蓮の両肩を掴み、体重をかける。


「そうはさせない。最後まで、相手をしろ」


 抑揚を失った声が、低く告げる。肩を掴む手には力がこもり、押さえつけた臥牀が軋む音がした。

 力の加減が効かない。

 痛みに、蓮の顔が歪む。苦痛の表情が、マオミィをさらに激高させた。蓮を守ろうとするように、月龍の肘へと飛びついてくる。

 蓮が、はっと目を見開いた。


「だめよ、マオミィ! お願い、向こうへ行っていて――私は大丈夫だから――だから、向こうで待っていて」


 言葉を理解できる相手にするように、蓮は必死の形相でマオミィに語りかける。このままだとマオミィにも暴力が向かうのが心配なのか。


 自分が「害されて」いてもなお、仔猫になどかまける蓮が、神経を逆撫でる。

 否、逆撫でたのは蓮の言葉だろうか。

 待っていて、と蓮は言った。ならば行為が終われば月龍を置いて、マオミィの元へと行くつもりなのだろう。

 月龍とマオミィと、どちらに比重を置いているのかを物語っているようで――


 カッと、頭に血が上った。

 月龍の肘にかじりつき、引っかいては攻撃を加えるマオミィの首の根を掴まえる。

 力の加減は、やはりできない。持ち上げられ、宙に浮いたマオミィの足が、苦しげにもがく。


 動物でも窒息するのだったか。

 至極当然のことを、鈍った頭がゆるゆると考える。マオミィの首を掴まえる手に、さらに力が加わった。

 蓮の顔色が変わる。


「やめて! お願いです、許して。仔猫だから――なにもわからないの。マオミィを放して、お願い――」


 マオミィを宙づりに持つ腕に、縋りついてくる。月龍の下に組み敷かれたまま、それでも仔猫を取り戻そうと必死に手を伸ばしている。

 ずっとあがき続けている仔猫を、掴まえている月龍の指や手の甲には幾つもの引っかき傷ができていた。

 鋭くなった感覚が痛みさえ増幅させるも、それさえ快楽へと変わった。

 胸の内には不快が渦巻いているのに、顔は皮肉な笑みに飾られている。


「――ふん」


 軽く鼻を鳴らす。同時に、指先に力を込めた。

 こきっと、やけに乾いた音が響く。


「――っ!」


 蓮が絶句する。

 腕に縋りついていたから、蓮にも伝わったはずだ。


 ――マオミィの、細い首の骨が折れた感触が。


 つい今しがたまで暴れていたマオミィの手足から、力が抜けた。

 口元は、噛みついて付着した月龍の血とは別に、マオミィ自身が吐き出した少量の血液で汚れている。


 眉をひそめたのは、その血が月龍の手にもついたからだ。酷く汚らわしいものに触れられた気がした。

 軽い動作で、マオミィの体を横に向かって投げ捨てる。力を失った軽い体は、びたん、と向こう側の壁に当たった。

 そして、とさっと床の上に落ちる。もう、ぴくりとも動かなかった。


 これでいい。これで今夜、マオミィはもう二人の邪魔をしない。


「マオミィ――マオミィ……!」


 床に落ちたマオミィを見る瞳から、涙がこぼれ落ちた。

 月龍には覚えのない、泣かない約束とやらを守っていた蓮が泣いている。他のことを気にかける余裕もないほど、仔猫が動かなくなったのが悲しいのだろうか。


 仔猫の名を呼び続ける蓮を、再び犯し始める。まだ薬の効果は続いていた。マオミィによって与えられた不快も遠のき、すぐに幻の中の蓮と出会う。


 終わったあとも、蓮を放すことはなかった。彼女の肩を抱いたまま、眠りにつきたい。

 マオミィの元へ行こうとしたのだろう蓮を抱き竦めて、決して手を離さなかった。マオミィを思って泣く蓮に、頬が緩むのを禁じ得ない。


 過程はどうであれ、蓮が腕の中で泣いている。悲しいことがあって涙する蓮を、まるで慰めてあげているような感覚だった。


 蓮が、甘えてくれている。


 錯覚に浸りながら、随分と久しぶりに心地よい熟睡に耽溺した。

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