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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第十章

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第四話 誘惑


 今日は笑いかけてくれるかもしれない、明日はマオミィに向けた優しい眼差しを向けてくれるかもしれない――祈りながら過ごす日々を続けていた。

 マオミィへの微笑みを見てから、七日。拾ってからは二十日が経とうとしていた。マオミィの怪我はすっかり治り、元気に庭で跳ねまわるようになった。

 マオミィは蓮になつく代わりに、月龍には一切近づかなかった。動物の本能で、月龍が蓮に害を成す者だと察したのかもしれない。


 ――蓮を害する者。


 自分を表現する言葉に、胃が痛むのを感じる。

 マオミィにだけ優しくする蓮を許せず、つい手が出てしまった。利き手とは違う、右での平手打ち。

 以前にも手を上げたことがあるから、さほどの違和感は覚えなかった。


 ただ、それを見ていたマオミィが月龍に飛びかかろうとしたのだ。

 月龍が蓮に手を上げる度、マオミィは牙を剥いて威嚇する。「母」を害する者から守ろうとしているのだろう。

 その都度、蓮は慌ててマオミィを抱きとめた。飛びかかれば、月龍がマオミィにも乱暴すると思っているのはわかる。


 ――そう、期待していた通り、マオミィは蓮の心を慰めてくれた。けれど月龍にまでは累を及ぼさない。

 結果、安らぎどころかさらなる孤独感を与えるだけの存在となった。


 蓮がマオミィを大切にし、動物なりにマオミィが蓮を慕っているのを見せつけられると、自分一人が悪者に思えてならなかった。


 自覚があるだけに、辛い。負い目を感じるほどに、自制が効かなくなる。

 蓮への暴力は、威力こそ増していないものの、回数は確実に増えていた。


 薬の頻度も高くなる。以前でさえ十日ほどの間隔は空けていたが、今では四、五日おきの服用になった。

 酒で薬を流し込む。喉を通り、胃に落ち――即効性があるとはいえ、効き始めるまでにはわずかでも時間はかかる。

 不思議な悦楽の訪れを、目を閉じて待った。


「――月龍――?」


 呼びかけは、怪訝な声だった。臥牀の端に腰を下ろし、軽い酩酊感にふらつくように体を揺らしていた月龍は、ゆっくりと目を開ける。


「今のは一体――」

「ああ」


 薬を飲んだあとの状態は、幾度か見ている。けれど服用現場を見られたのは初めてだったか。

 頷くような、嘆息のような声が洩れる。


「なんでもない。ただ、薬を飲んだだけだ」

「――薬、ですか」

「そう。気分の良くなるやつを」


 待っていた悦楽が、じわじわと身を包む。なにもかもどうでもいいような倦怠感に見舞われていた。

 答えながら、ふふ、と薄く含み笑いが零れる。

 頭がくらくらと揺れて、まるで地面が回っているようだった。心地よい波に身を任せて、このまま眠りたい。どうせならば蓮の体温に寄り添って――


「月龍」


 今宵はなにもせず、ただ蓮を腕に抱いて眠ろう。伸ばした月龍の手から、蓮が軽く身を引いた。

 名を呼ぶ声には、控えめな、けれどはっきりと非難の色が含まれている。

 視線が定まらなかった。ふわふわとした感覚の中、思考もまとまらない。

 怯えの影を張り付けた蓮の顔に苛立ちが募るのに、何故だか無性におかしいような気もして、くすくすと笑いが洩れる。


「――ん?」


 まどろみの中、半分目を閉じて返す声は優しげだったはずだ。けれど蓮は、愁眉を深くする。


「余計なことかもしれませんけど――そういうものは、おやめになった方が」


 ぴくりと眉が反応する。愉悦に傾いていた感覚が、急激に怒りへと重心を変えた。

 たしかに余計な世話だ。

 蓮が笑って見せてくれれば、薬になど頼らずにすむ。

 月龍が自発的に飲んだのではない。蓮が飲むように仕向けたのだ。


 その上で、唯一の安らぎすら奪おうというのか。


 知らず目つきが鋭くなっていたのだろうか。それとも喜から怒への豹変ぶりが怖かったのかもしれない。はっと息を飲んだ蓮が、焦燥感を伴って口を開く。


「様子を見ただけでも、強いお薬だとわかります。お体に障ります。それに、あなたにもしものことがあっては――」

「嬉しいか」


 弁明を遮る口の端が、皮肉に歪むのを感じていた。

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