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冥合奇譚 ~月龍の章~  作者: 月島 成生
第一章

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第九話 報告


 騒がしいというよりは、乱暴な足音だった。

 衛士に止められもせず入ってくる人物に、誰何は必要ない。月龍は無造作に花束を卓の上に置くと、亮が横たわる臥牀の端に、どっかりと腰を下ろした。


 共に花を摘んだこと、乗馬したときの高揚感、門前の出来事など、聞きもしないのに饒舌に喋る。

 常ならぬ様子には覚えがあった。初めて蓮と出会ったときと同じだ。

 あのときは見知らぬ相手と再会できるかという不安があった。

 けれど今は、想いが成就した喜びだけである。顔を見ずとも、声だけで上気した頬が想像できた。


「おい亮、聞いているのか」


 一気に語り尽くして、ようやく亮の冷めた態度に気付いたらしい。

 月龍が入って来ても横になったままなのは珍しくもないが、振り向きもしないのはさすがにおかしいと思ったのか。

 憤然とした調子に、肩越しに顔だけで振り返る。


「聞いている」

「しかし、なんの返答もないではないか」

「返答する暇も与えず、喋り続けたのはお前だ」


 もっとも、間が空いたとしてもなにか答えてやる気になれないのも事実ではあったが。


 今頃蓮が月龍と――他の男と二人で会っているのだと思うだけで、酷い倦怠感に襲われた。起き出す気力すらなかった。

 王に冷遇され、職責も与えられていないのをいいことに、惰眠を貪るつもりだったのに。


 眠ることができなかった。目を閉じると、瞼の裏に笑い合う月龍と蓮が浮かぶ。

 払拭するために頭を振り、浅い眠りに落ちようとする度にまた、互いを見つめ合う二人の姿が見えた。


 そううまくはいくまい。月龍のことだから無愛想に振舞い、想いなど告げられたものではないだろう。

 仮に伝えたとして、蓮が応えるとは限らなかった。

 どうせ月龍は、結果を報告に来る。そのとき、なんと言って慰めてやろうか――気がつくと、思考は月龍の失敗を前提としたものになっていた。


「では、黙る」


 余程亮に祝福して欲しいのだろう。沈黙を宣言して、じっと亮を見つめる。

 その、期待に満ちた顔が癇に障った。

 体を起こして向かい合う形で座ると、片目を細めて見せる。


「それは本当に、了承の返事だったのか」

「は?」


 予想外だったのか、月龍が唖然とする。

 亮は後ろ髪をばさばさと揺らしながら口を開いた。


「別れ際、邸まで送る送らないの問答をしていたのだろう。その状況で共に歩きたいと言われ、文字通り歩きたいから送ってくれるという意味に受け取ったのではないか」


 はっ、と聞こえたのは、息を呑む音だった。

 亮の言に一理を認めたせいか、口調に焦りが加わる。


「いや、しかし、想いは伝えたあとだ。さすがにわかってくださっていたと思うが」

「本当か? お前、本当にちゃんと伝えたのか。はっきりと言葉にして?」

「それは」


 口ごもるところを見ると、好きだと率直に言ったわけではなさそうだ。月龍らしいといえば、この上なく月龍らしかった。

 女性に関しては、今まで性欲の捌け口くらいにしか思っていなかったらしい。共にした臥牀の中でも、そう言い捨てたと聞く。

 淡白を通り越して、冷淡ですらあった。

 そのような男が、いくら惚れたからといって急に、甘く愛を囁くなどできないだろう。


「では、受け入れていただけたわけではないのだろうか」


 亮の指摘に、浮かれきっていたはずの月龍が意気消沈する。

 紅潮していた頬は色を失い、喜びに輝いていた瞳は暗くなった。

 普段は吊り上げている眉を歪め、今にも泣き出しそうな表情になる。


「――ふっ」


 その情けない顔を見ていると、内から笑みが込み上げてきた。

 自信を抱けぬ月龍に対してばかりではない。発した言葉が、なんのことはない、自分の願望に過ぎないと気づいたからだ。

 己自身を、嘲笑う。


「なんでも真に受ければいいというものではないぞ、阿呆。さすがの蓮でもわかっているはずだ。その上での返事ならば、まず間違いない。よかったな」


 とん、と月龍の肩を叩いて立ち上がる。

 一気に喜色に転じる様が目に浮かんだ。それを見たくなくて、背を向ける格好を取る。


「しかし、まさか無骨なお前に先を越されるとは思ってもみなかった。侘しい独り身で、お前の惚気話にこれ以上付き合ってもられん。さっさと帰って余韻にでも浸っていろ、果報者」

「しかし、亮」


 食い下がるのは、話を聞いてもらいたいがためだ。

 苦楽を――主に苦を共にした友人だからこそ、喜びを分かち合いたいのだろう。

 応じてやらなければならないとは思うが、亮には今、それだけの余裕はなかった。

 あえて振り向き、にやりと口の端を歪めて見せる。


「なんだ。からかってほしいのか? ふむ、ならば、そうだな。お前のような大男があの幼い蓮に惚れるとは、なんたる童女趣味! 上官がこれでは、衛士達も可哀想なことだ」

「亮!」

「からかってほしかったのだろう? しかしまぁ、お前が童女好みの上に自虐的な嗜好まで持つとはな。ついぞ知らなかった」

「もういい! 帰る」

「おう、帰れ帰れ」


 ひらひらと手を振る。


 月龍が単純でよかった。観察眼の鋭い男なら、見抜かれていたことだろう。

 入って来たときと同じく、乱暴な足音を立てて去って行く後ろ姿を見送る。


 ――いつ振り向くかわからないから、笑顔を絶やすことはできなかった。

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