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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

痒い

作者: 島 英正

 それは僕が、ぼーとしながら動画を見ているときだった。

 頭頂部を貫く猛烈な痒みがいきなり襲ってきたのである。

「うー、痒い!」

 僕は、まず左の小指でつむじのそばを搔きだした。

 だがもちろんそんなものでその強烈な痒みが治まるはずもなく、僕は、薬指から、中指、人差し指、そして親指と順々に頭におろしていき、ついには左手全体で搔き始めていた。

 しばらくの間はその程度でよかったが、その「しばらく」が過ぎてしまうと、左手だけではどうにも我慢ができなくなり、気付くと僕は両手を使っていた。

 まずはつむじから耳に向かって上下させるように掻く。

 次に耳の後ろから後頭部にかけて細かく掻き進んでいく。

 そして後頭部の中央で両手がぶつかると、そこからまたつむじの方に戻っていき、しばらくつむじ付近を掻いたあと、更にもっと前の方へ手を運ぶ。

 そうこうしているうちに胸の辺りに、フケと抜け落ちた髪の毛が溜まってきた。

「こりゃまずい。」

 僕は急いで近くにあった新聞紙を引き寄せた。

 新聞紙を引き寄せる僅かな間、手を頭から離さなければならなかったが、そのほんの僅かな間に、痒みは爆発的に高まり、のたうち回りそうになるほどにまでなっていた。

 そこで僕は急いで新聞を広げると前にも増して激しく頭を掻きだした。

 シャカ シャカ シャカ シャカ

 掻く音が皮膚を通じて直接頭に響いてくる。

 そして目の前では、フケと髪の毛がまるで雪か何かのように広げた新聞紙の上に降り積もってゆく。

 そのフケと髪の毛を見ながら、僕はなぜこんなに痒いのか考えていた。

 ……ここのところ、三日ほど風呂に入ってないもんな。そのせいかな。いや、部屋を六ヶ月ばかし掃除していないし、そのせいもあるかもしれないな……

 しかし、そんな原因を考えたからといって痒みが治まるわけもなく、僕は相変わらず頭を掻いていた。

 そうして、小一時間ほど過ぎただろうか。僕はまだ頭を掻いていた。

 腕もだるくなってきたし、掻くのをもう止めようとおもうのだが、そうすると物凄い痒みが襲ってきて気が狂いそうになるのだ。

 掻いたからといって、決して痒みが治まるわけではないのだが、あの、気も狂わんばかりの痒みに比べたら、掻いていた方がだいぶましなのである。

 その時ふと、目の前を赤いものがよぎった。

 血だ!

 血である。

 ついに掻き過ぎて、頭の皮膚を掻き破ってしまったである。

 しまった、とその時僕は思った。

 すぐに掻くのをやめなければ、とも思った。

 しかし、やめられなかった。

 その、頭から血がでたちょうどその時、僕はそれらの思いと共に、この世のものとも思えない快感を味わっていたのだ。

 その快感は筆舌に尽くしがたく、僕の思いと裏腹に、僕の手はその快感を求めてより激しく掻きむしりだしていた。

 だが、その快感は一瞬で消えた。

 そして後には、より一層深まった痒みが残った。

 その痒みを抑えるべく、僕は一心不乱に掻きだした。

 もう余計なことを考える余裕などなかった。少しでも手を抜けば、耐えきれぬほどの痒みが襲ってくるのだ。


 血が出ているというのに、不思議と痛みはなかった。だが、そのことを不思議がってなどいられなかった。

 ただ、ただ、ひたすら掻く。

 それだけだった。

 それからしばらくして、前よりももっと凄い快感が広がった。

 と、同時に、指の先につるつるとした滑らかな感触がした。

 どうやら頭蓋骨らしい。

 頭蓋骨を直接掻くのがこんなに気持ち良いとは知らなかった。

 僕はとろけるような気持だった。

 しかし、その快感も長くは続かなかった。

 更に強烈な痒みが襲ってきたのだ。

 でも、そのころには僕には分かってきていた。この痒みに耐え、掘り進んでいくことによって、もっともっと凄い快感にあえるということが。

 頭蓋骨は硬く、掻いても掻いてもなかなか先に進むことができなかった。

 だが、ついに爽快感と共に、鈍い音を立てて何かが落ちてきた。

 頭蓋骨だった。

 ……まてよ。ということは、今、掻いているものは……

 あんまり考えたくないことだった。

 しかし、考えるより先に、手は動いていた。

 手は、ただ単に掻くというよりは、掻き出すと言った方が良い動きを、無意識のうちに行っていた。

 そして、手が掻き出して奥に行けば行くほど、快感は増していった。

 掻き出しているのだから、当然のことながら、手の中にあるものを外に出さなければならない。その時間だけ手が離れるので、その間は、どんどん激しくなる痒みに襲われた。

 深く掘りだせば掘り出すほど、増す快感と痒み。それ以外のものはもう何もなかった。

 その得難く深い快感のためならどうなっても良いという気さえしていた。

 しかし、今、自分がとんでもないことをしでかしているんだということも分かっていた。

 でも、どうしようもなかった。

 手は勝手に動き、目の前に僕の内容物を積み上げていった。

 やがてまた指の先に、硬い感触があった。

 しばらくしてその硬い感触を与えていたものが目の前に転がってきた。

 それは、僕が間違っていなければ、背骨だった。

 それを確認すると、目の前が暗くなるのを感じた。

 僕の気が遠くなっていった。


 眩しくて、目が覚めた。

 すべては夢だったのだ。

 画像は動画を映したまま。途中で寝落ちしてしまったのだろう。よくあることだ。

 僕は立ち上がった。

 そして何の気なしに壁の鏡を見た。

 そこには当然映るはずのぼくの顔は映っていなかった。

 そこには何も無い空間に、二つの眼球が浮かんでいるだけだった。

 僕には分かった。

 その二つの眼球は僕の目なのだ。

 また視界がフェードアウトしていく。

 そして今度は永遠であろう暗闇に包まれる前に、新聞紙の上のものが見えた。

 その、僕のからだ。

 僕が掘り出した、僕の内容物。

 それが、僕の見た最後のものだった。


(終)

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不潔ぅ…。
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