エンディング②「ケジメ」
昨日の夜、組織の命令通り、俺は彼女の父親──標的を殺した。
七海の悲鳴が、今も耳に焼き付いて離れない。
あんな顔、見たくなかった。
でも、もう遅い。
──伝えたいことがあった。
翌朝、俺は七海の下駄箱に手紙を入れた。
「屋上で待っている。」
それだけを、震える手で書いた。
きっと七海は来ない。
来るはずがない。
そう思いながら俺は七海を待つのであった...。
昨日の夜、怜人君は私の目の前でお父様のことを撃ち抜いた。私は目の前の光景を信じる事ができなかった。
こんなにも怜人君のことを信用していたのに。こんなにも怜人君のことを......好きになっていたのに。
「どうして......どうしてなの......怜人君」
だからこそ怜人君に聞こうと私は今日学校に来た。しかし、あんな事があった後で怜人君登校しているはずもなく、怜人君との連絡手段もない。諦めて家に帰ろうと下駄箱を開けた時...。
ひらり。
と、下駄箱の中から一枚の紙が落ちてきた。
その紙には怜人君の文字で、
──屋上で待っている──
と、そう書かれていた。
その文字を見た瞬間私は走り出した。
そして、そして──
「怜人君‼︎」
と、そう叫びながら屋上の扉を開けた先には黒川怜人──私のお父様を殺した人物が立っていた。
──バンッ‼︎
と大きな音を立てて屋上の扉が開いた。そして、そこから入ってきたのは──白川七海だった。
「驚いたな、まさか本当に来るとは。呼び出した俺が言うのもなんだが普通、自分の親を殺した奴の呼び出しに応じるか?」
と俺は苦笑しながら言う。
「怜人君、だからだよ。なんで怜人君があんなことをしたのか。私は怜人君から直接それを聞きたかったの。」
「そう......か。実は、俺もそのつもりでお前を呼び出したんだ。今から言うのは紛れもない事実、だがお前にとっては辛いことだろう。それでもお前は聞きたいか?」
と、俺は七海に問いかける。
「……聞きたい。」
七海は強く頷いた。その瞳には迷いがなかった。
「分かった。」
俺は目を閉じ、深く息を吐く。
「まず結論から言おうか。俺がお前の父親を殺した理由──それは命じられたからだ」
「えっ?どういうこと?命じられたって......」
「俺は...殺し屋だ。上から指示を受け、ターゲットを殺す。そこに感情は存在しない。それが殺し屋であり、俺だ」
「……怜人君が、殺し屋……?」
「そうだ。」
「じゃあ……じゃあ、私に近づいたのも、全部……」
七海の声が震える。目は潤んでいるが、涙はまだ落ちていない。
「それも、最初は……命令だった。」
俺は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「お前の父親に近づくために、最初はお前に接触した。情報を引き出しやすい、警戒心の薄い娘に。」
「……っ」
七海が唇を噛んだ。拳を握りしめているのがわかる。
「でも、途中で……全部、壊れたんだ」
「……え?」
「俺は、ただの駒だ。人を殺すために生きてきた。そんな俺でも、ただ一つ、抗えないものがあった」
「それは……」
「お前だ、七海」
「......」
「なぁ七海、何故俺がお前の父親を殺したと思う?」
「え?それは命令されたからって...」
「それもある。だが一番の理由は別にあるんだ。」
「...それは......?」
「復讐だ」
「えっ?」
「七海、お前は知らないんだろうな、白川財閥の闇について」
「白川財閥の...闇...?」
「あぁ、そうだ。白川財閥が何故あそこまで大きくなれたのか。白川財閥は元々あんなに大きな財閥ではなかった。だが、七海、お前の父親の時代に白川財閥は急成長したんだ。何故だと思う?」
「えっとそれは......分かんない......」
「白川家の当主...いや元当主、白川宗一郎は表向きには様々なことに取り組み、その数々を成功させてきた。」
「............」
「だが、当時の白川家はそこそこ大きいが今のような日本のトップに立てるような家系ではなかった。それなのに何故白川家が様々な事業を一切失敗せずに成功させる事ができたのか。それは、裏社会に手を回していたからだ。」
「......裏......社会......?」
「あぁ、そうだ。俺の所属してる殺し屋のような決して表には出す事ができないことを俺らは『裏社会』と読んでいる」
「そんなものに......お父様が......?」
「信じたくないかもしれない。が、事実だ。」
「...そんな......」
「あいつは裏社会に依頼して自分にとって不利益になりそうな会社や人物を消していったんだ。」
「............」
「その中に......俺の家族もいたんだ......」
「えっ?」
「だから俺は復讐を決意した。そのために俺は殺し屋になったんだ。」
「...怜人君......」
「これが俺がお前の父親を殺した本当の理由だ」
「じゃぁ、私のことも......殺すの......?」
「言っただろ、全部......壊れたって......」
「どういう......こと......?」
「初めは白川家の人間を全員殺すつもりだったんだ。七海......もちろんお前もな......」
「......」
「でも、お前と関わっているうちに段々とお前に惹かれていったんだ。」
「......えっ?」
「お前の父親を殺した後、そのまま七海のことも殺すつもりだったんだ。でも、震えてるお前を見たらどうしても撃てなかったんだ。お前を苦しめたくないって...。お前の父親を殺してる時点で遅いのにな。」
「......」
「だからこそ、これが俺なりのけじめだ」
怜人君はそう言うと私に何かを手渡してきた。
手のひらに収まるそれは、黒くて、冷たくて、不気味なほど静かだった。
「これは.....?」
「それは拳銃だ」
「えっ?な、なんでこんなものを私に......」
「七海、それで俺を撃て。遠慮は要らない。」
「で、でも私……そんなこと、できないよ……!」
「撃てよ、七海」
怜人君は優しく、でもどこか悲しそうに笑った。
「お前の父親を殺したのは俺だ。お前にとっての、仇だろう?」
「……そんなの……そんなの、違うよ……」
私は首を振った。
「怜人君は確かに……私の大切な人を奪った。でも……それでも、私は怜人君を……怜人君のことを、憎みたくない」
「なんで……」
怜人君が苦しそうに目を伏せた。
「お前の父親を殺したのに、なんでそんなことを言うんだよ……!」
「だって......だって......私も怜人君のことが好きだから......!」
「............‼︎」
「私だって……っ、私だって……怜人君と関わってるうちに……っ、怜人君のこと……怜人君のことが……っ、好きになっていったの‼︎」
「七海......」
「ねぇ、怜人君。私....怜人君のこと....殺したくないよ。」
そう言って私は涙を流す。
「............」
「別に怜人君のこと殺さなくてもいいでしょ?だって....だって....私が決めれるんだから....」
私はそう言いながら怜人君に歩み寄る。
震える声で、必死に言い聞かせるように言葉を重ねる私に、怜人君は静かに笑った。
「……ああ、そうだな。お前が決めていい。……でもな、七海」
怜人君は、ゆっくりと俺の方へ近づいてきた。
「俺は……お前の人生に、いてはいけない存在なんだ」
「……そんなこと、ない!怜人君は……!」
「いや、俺はお前を幸せにしちゃいけない。俺は人を殺して生きてきた。こんな俺が、お前のそばにいることが……許されるわけがないんだ」
「怜人君……やめて……」
「これで終わりにしよう、七海」
怜人君は私の手に握られている拳銃に、自分の手を重ねた。
「……え?」
「……ごめんな、七海」
怜人君はそのまま、私の手を包み込むようにして、ゆっくりと銃口を自分の胸に向けた。
「な、なにしてるの……やだ、やだ……やだよ怜人君、やめてっ!」
私は必死に手を引こうとした。でも、怜人君の手はしっかりと私の手を握って離さない。
「俺は、お前に……俺の人生を終わらせてほしい」
「やだっ!!やめてよ!!離して!!」
「七海……最後に、お前に撃たれるなら、本望だ」
「違う!!そんなの違う!!私……私、怜人君を殺したくなんかないっ!!」
「ごめん……ごめんな、七海」
怜人君は、涙を浮かべながらも、無理矢理、私の指に力を込めさせる。
「やめてっ!!お願い、やめてぇぇぇぇぇぇっ!!」
「七海……ありがとう……」
──パンッ!!!
乾いた銃声が、屋上に響いた。
私の手は怜人君に握られたまま、銃を撃ってしまっていた。
怜人君はゆっくりと私の手から銃を離し、その場に崩れ落ちる。
「れいと……くん……?」
怜人君は最後に、微笑んだ。
「──愛してるよ、七海……」
「……やだ……やだよ……怜人君……」
私はその場に崩れ落ち、怜人君の名前を何度も、何度も叫び続けた。
彼はもう、返事をしない。
私の震える手には、怜人君が渡した、あの冷たくて静かな拳銃だけが残っていた。
──私は、怜人君を、自分の手で……。
私は涙が止まらなかった。
永遠に止まることはなかった──
──END