表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

第二話:静かな駆け引き

「あなたが……転校生、ね?」


初めてその声を聞いたとき、俺は少しだけ肩の力を抜いていた。

その声には不思議なものがあった。冷たいのに、どこか透き通っていて、まっすぐに届いてくる。


白川七海。

制服の襟元まできっちりと整えたその姿は、他の生徒とは明らかに違う空気を纏っていた。

威圧でも、見下しでもない。

——ただ、絶対的な“格”の違い。


「……あぁ、黒川怜人だ。」


俺は手短に名乗ると、予定されていた席へと向かう。

白川七海の隣の席。それも、もちろん“上”の手配だ。


「白川七海。よろしく」


彼女は俺に向けて、形式的ではあるが丁寧に一礼した。

礼儀正しいが、打ち解けた様子はない。

……まあ、当然だろう。財閥の一人娘が、正体不明の転校生にそう簡単に心を開くはずがない。


「……よろしく」


俺もそれに軽く応じたつもりだったが、ふと視線を感じた。

彼女が、じっとこちらを見ていた。


「あなた、前の学校はどこ?」


「前の学校?なんて事の無い地方の学校。まぁ、あまり有名じゃないところだ」


「そう。…けど、ずいぶん冷静ね。普通、転校初日はもっと緊張するものだけど?」


そう言って、七海はほんのわずかに微笑んだ。

それは、この学校においてほとんど誰も見ることができないものだった。


(……なんだ)


その笑みを見た瞬間、心のどこかがざわついた。

“ターゲットの娘”としてしか見ていなかったはずの彼女に、ほんの一瞬、視線を奪われた。


いや、違う。

あれは“ただの笑顔”じゃない。

完璧な仮面のようでいて、わずかに——ほんのわずかに、疲れたような影があった。


(……まさか、こっちを探ってる?)


あり得る。

俺が“ただの転校生”でないことを、彼女はもう勘づいている可能性もある。

表では財閥の娘、けれど裏では何かを知っている。

もしそうなら、彼女もまた——“普通じゃない”。


「それじゃ、授業が始まるわね。…いろいろ、慣れるまで大変だと思うけど、頑張って」


「……ありがとな」


その言葉に嘘はなかった。

むしろ、あまりにも自然で、まるで昔から知っていたような錯覚すら覚えた。


(……厄介だな)


俺は無意識に、手のひらを握り込んだ。

この任務、もしかしたら“これまでと違うもの”になるかもしれない。


感情を持ち込むな。

仕事は仕事。

そう自分に言い聞かせながらも、彼女の横顔が脳裏から離れなかった。



ー白川七海視点ー



静かな朝。

けれど私にとって、この教室はいつだって騒がしい沈黙に満ちている。


誰も話しかけてこないし、私も必要以上に話そうとは思わない。

“白川七海”という名前だけで、すべてが一定の距離を保つ。

この場所は、私にとって居心地がいいとは言えないけれど、必要な空間だ。


そんな中、教室の扉が静かに開いた。


——黒髪の少年が、立っていた。


彼が転校生だという話は事前に聞いていた。

しかも、私の隣の席に“たまたま”配置されたと。

けれど、私は偶然なんて信じていない。

私の周囲に起こる出来事のほとんどは、意図的で、計算されている。


(——この人、普通じゃない)


それが、彼を見た第一印象。

表情は淡々としていて、物怖じする様子もない。

転校初日の高校生とは思えないほど、落ち着きすぎている。


「あなたが……転校生、ね?」


声をかける。

彼はすぐに名乗った。


「……あぁ、黒川怜人だ」


どこかで聞いたような響き。けれどすぐには思い出せない。

何かを隠している。そういう人間の声だ。

その直感は、これまでほとんど外れたことがない。


「白川七海。よろしく」


私は形式的な挨拶を返した。いつも通りの、それだけのはずだった。

けれど彼の目は、まっすぐにこちらを見ていた。探るでもなく、媚びるでもなく。


「あなた、前の学校はどこ?」


「前の学校?なんて事の無い地方の学校。まぁ、あまり有名じゃないところだ」


曖昧な答え。でも、無理に隠そうとしているわけでもない。

まるで、“答えに意味などない”と言っているかのようだった。


……おかしい。


普通なら、私と話すだけでぎこちなくなるのに。

彼はそれをまったく感じさせない。むしろ、何かを見定めるような視線で、こちらを見ていた。


(……この人、私の“素”を見ようとしてる?)


そんな気がして、思わず口元に笑みが浮かんでしまった。

学校では見せない顔。けれど、彼には自然と出てしまった。


(これは——悪くないかもしれない)


彼が何者であっても関係ない。

興味を持った、というのが正しい表現だった。


私は席に着く彼をちらりと見ながら、ふと思った。

この春、新しい“何か”が始まる予感がする。


そしてその中心に、きっと——

この黒川怜人という少年がいるのだと。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ