第漆話 揉む
迷う事はなかった。まるで月の引力に引き寄せられるかのように、自然にその場所へとたどり着いた。引かれ合うように、元に戻るように、最初からその場所に居たかのようにファル・リュミーナは三人の姿を目視した。
「リアッ!」
「ファル……」
「遅いて、アルさん」
リアは恐怖と不安が見て取れる。狗飼はこちらを一切見ずに前だけを見つめて、言葉だけをむけた。それだけで警戒心があがる。
「主役は遅れて来るってやつっすか」
三対一になってもその態度は変わらない。クラウは飄々とした笑みを浮かべる。
「あれ、なに?」
ファルは小声で二人に聞く。
「吸血鬼や」
それに狗飼が端的に一言ですべてを説明した。それだけ聞けば十分だった。こうして狗飼が身を挺して護っている。
あれは――敵だ。
「ようやく役者が揃いました、と」
それは合図だったのかもしれない。ゆっくりと立ち上がり、真正面から対峙する。狗飼とは違った威圧感がその場を支配する。
「じゃ、いっちょ揉んでやりますかね」
緊張が走る中、それをぶち壊す人物がいた。
「え? ちょっ! 揉む? 揉むですって! やだっ、変態! どこを揉むってゆーのよ!!」
自分の胴体を両腕で抱きしめて頬を赤くするファル。
「……は? ぇ?」
それに困惑するクラウ。
「このっ、変態! 魔の者ってそんな不埒な存在だったの!」
「変態だー! 変態だー!」
それに狗飼も声をあげた。
「もうっ、信じられないんだけど! 揉むって!」
「いや、ちがっ――」
「どこを揉むってゆーのよ!」
「そーだそーだ! 揉むところなんてないで!」
「……あ?」
「ん?」
空気が一瞬で変わる。ファルの視線はクラウから隣にいる狗飼へと向けられた。
「今、味方が後ろからナイフで刺して来たんだが?」
「気の所為じゃない?」
リアが後ろで頭を抱えて俯いている。そんな事はおかまいなしに会話を続ける。
「それに『どこ』が『ない』とは言うてへんで?」
そんな事を言う狗飼だが、視線はしっかりとその場所へと向けられている。
「んだあ? やんのか!?」
「ん?」
可愛く惚けるがそんなごまかしが通用する相手ではない。
「私も狗飼も変わんないよねー!」
「うんうんうんうん。うん!! そうだね! みんな一緒!」
「大人の対応やめて!」
「はードッコイ!!」
オチがついたのか二人は笑う。そう、その場にいる四人のうち笑っているのは二人だけ。リアはこんな状況でよくこんなやりとりが出来るなと呆れている。
そしてクラウは、よくわからない状況に完全に一人置いて行かれていた。
「あ、あの~、えっと……」
どうも言葉が見つからない。まさかこの状況で冗談を言い合って笑い合うとは思わなかったし、内容が内容な為に男であるクラウは気まずさマックスである。
緊張感の欠片もない。
「あの、すいません。うちのナクちゃんとファルが……」
「あ、いえ、ご丁寧にどうも……」
苦労が垣間見えた瞬間だった。