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トリリスの娘  作者: ほーらい
始まりの街、序章
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3 イリスの憂鬱

第三話


 イリスは精霊魔術師。

 精霊魔術は精霊の力を借りて、小さな魔力で大きな奇跡を引き出す、もっとも魔法らしい魔術。精霊言語で精霊に語りかけ、精霊の御力を借りる奇跡の魔術である。

 けれども、その場にいる精霊の力しか借りることができないので、場所によって効果はまちまち。なんとも使い難い魔術でもある。



「姉さまぁー? 頼みごとしてもいいぃー?」

 マリスはイリスの部屋を訪れる。イリスは本を読んでいるところだった。

「あら、何かしら?」

「姉さまの猛ど……エキセントリック料理を研究したいんだけどぉ……」

「私の料理を研究? わかったわ」

 イリスは本にしおりを挟むと、ぱたんと閉じる。

 そして二人で部屋を出ると、厨房に立った。

「一部始終を記録させてほしいんだなぁー」

 マリスは手にノートとペンを持っていた。

「何を作ればいいの?」

「じゃあ……とりあえず、カレー辺りかなぁ?」

「わかったわ」

 そう言うと、イリスは手に包丁を持つ。

 マリスはわくわくしながらそんなイリスの姿を眺めていた。



「とまあ、こんな感じかしら?」

 大鍋の中には真っ黒なよくわからない物体がぐつぐつと煮えている。マリスはそのニオイを嗅いで思わず吐き気がしてくるのを何とか抑えて記録を行う。

「ありがと姉さまぁー」

 マリスは鍋にフタをして封印すると、黒魔術に用いられる封呪のテープで鍋を封じ込めた。

「これはこっちで研究させてもらうから、持って帰るねぇー」

「私の料理がマリスの研究の助けになるの……?」

「にしし、姉さまの料理のエキセントリックさはある意味黒魔術の薬品精製にも匹敵するよぉ」

 そこであえてマリスは毒薬とは言わないでおく。

 イリスは不思議そうな表情を浮かべながら――

「そんなに私の料理、変わってる?」

「にひひ、まあ姉さまの料理は色々とスゴイからねぇー」

 マリスは必死に言葉を濁す。イリスは相変わらず疑問を浮かべた表情をしていたが、やがて小さくため息をついた。

「まあいいわ。そのカレー、研究した後は美味しく食べてね」

「わかったよぉー」

 もちろん、マリスにそのカレーを食べる勇気などありはしない。それなら先日の猛毒料理のフルコースを食べる方がまだマシだとさえ思っていた。

「私の料理、そんなに変かしら……」

 イリスは一人厨房に残されてその言葉を反芻する。たが、その問いかけに答えてくれる者は誰一人としていなかった。



「うーん……私にも薬を調合する技術があればなぁー」

 イリスはテーブルの上に並ぶ失敗作を眺める。どれもこれもが黒ずんだ塊となっており、とても薬と呼べるようなものではない。

 そもそも精霊魔術において、薬の精製は完全に門外だ。もっとも、彼女の場合はそれ以前の問題であるが。

 彼女は調合や料理というスキルにおいて致命的ともいえる欠陥を持っていた。彼女の作った薬や料理はどれもこれもが必ず失敗する。ある種、才能にも近いモノだった。

「そうすれば食い扶持だとか、金食い虫だとか言われなくて済むのに……」

 ぶつぶつと言いながらイリスはテーブルの上の失敗した薬品の数々を片付ける。

 現実に彼女が一番よく食べ、飲む。それでいて、彼女の魔術はお金を生み出すことはない。この家庭でもっとも彼女が一番お金がかかっているのは事実だ。

 もっとも、数週間に一度大金を稼ぎ出すマリスや、地道にこつこつと少額ながらも稼ぐアリスのおかげで、この家の収支は黒字となっているが。

「あー、もうなんかいい方法ないかなぁ……」

 イリスは本棚から手当たり次第本を引っ張り出し、同時に何冊も開く。彼女は同時に複数の本を読むという特異な技を持っていた。

 だが、その技をもってしても彼女の持つ本はお金稼ぎに役立ちそうな知識を彼女に与えてくれはしない。

「なんで私、精霊魔術なんて専攻したんだろう……」

 過去のことを思い返す。思えば、彼女には明確な意思というものが存在しなかった。

 幼い頃から悪戯好きのマリスや、天然ボケのアリスの面倒を見ていて、自分の遊びということをしたことがなかった。

 妹達が次々と個性を発揮して様々な魔術に明け暮れる中、彼女は一人自分だけの魔術を決めることができなかった。

 そんな中、母から勧められたのが精霊魔術だった。

 彼女の母は複数の魔術を扱うことができたが、その中でも最も重点的に学んでいたのが精霊魔術だった。母は優秀な精霊魔術師であった。

 その精霊魔術を直々に教えてもらったのだから、伸びるのは当然といえる。

 つまり、今の彼女の実力は才能ではないのだ。

 イリスはテーブルに頭を伏せる。

「私は……所詮魔女の血を引いているだけの子に過ぎないのね……」

 薬を作るのに使った薬包紙を握り潰す。くしゃり、という音を立てて紙はくしゃくしゃになった。



 イリスは夕食時になっても気分が晴れなかった。

 アリスが厨房に立っていて、マリスはアリスの稼いできたお金を数えている。

「しめて6ゴールドと70シルバぁー。初日と比べて倍増どころじゃないねぇー。アトリエ商店って立地条件は最高だねぇー」

「そうですね。おかげで助かっちゃいましたぁ」

「リューマチの薬は作ったのぉー?」

「はい、もうしばらく薬を飲み続ければ治ると思います」

 ことことと音を立ててスープを煮立てる音が聞こえてくる。そんな中、イリスはぼーっと天井を見上げながら一人考えにふけっていた。

 私はしょせん、凡才な魔女見習いに過ぎない。妹達のようにお金を稼ぐ能もない、研究の成果は一向に伸びない、新たな魔術は創造できない、そう彼女は考える。彼女は母から譲られた魔術の他に彼女は何一つ扱うことができなかった。

「はい、今日は安売りしていた鶏肉のスープと、レヴァンディッシュのサラダですよ」

 ことり、と音を立ててイリスの前にスープが入ったお椀が置かれる。そして、スプーンとフォークが並べられた。

 それは妹達が稼いだお金で買ってきたものだ。イリスはそれを食べるべきではないと思った。

「私、いらない……」

「どったの姉さまぁー? 具合でも悪いのぉー?」

「だって……これはあなた達が稼いできたお金で買ったものでしょ? 私が手を付ける権利なんて……ないじゃない」

 アリスとマリスは顔を見合わせる。そして、二人はにっこりと笑みを浮かべた。

「何を言ってるんですか、お姉さま。これは皆のお金で買ったものですよ」

「にしし、姉さまが手を付けるのは当たり前だよぉー」

 だが、妹達にそう言われてもイリスはスプーンやフォークを持つ気にはなれなかった。

「でも……私は1ブロンズも稼いでいないのよ? 私は……必要ない存在だわ」

「私達にはイリスお姉さまが必要なんですよ。イリスお姉さまがいるから薬だって調合できますし、イリスお姉さまの助言があったからアトリエ商店でだって開店できたんです」

「にひひ、お昼にカレーだってご馳走になったしねぇー。あれのおかげでまた研究がはかどったんだよぉー? 魔術のアイデアだって姉さまからどれだけもらったと思ってるのぉー?」

「アリス……マリス……」

 二人はにっこり笑ったまま――

「イリスお姉さまはどっしり構えていればいいんですよ」

「姉さまはこの家の家長だもんねぇー」

「ごめんなさい、めそめそしちゃって……」

 イリスは二人の優しさに触れて目許の涙を拭う。

「さ、いつも通りの夕食会を始めましょう?」

「はい!」

「おっけぇー」

 今日もトリリスの娘達の小屋では楽しい晩餐会が行われた。

 イリスも一度は思い詰めはしたものの、妹達に助けられて再び笑顔を取り戻すことになる。

 まだまだトリリスの娘達の小屋は平和な空気に包まれていそうだった。

アリスは普段通りアトリエ商店へと薬を売りにやってきていた。

そんな道中、彼女が見かけたのは宝飾店のショーウィンドウだった。

美しいスタールビーのネックレス。値札には100ゴールドの文字。

それを見てアリスは小さなため息をつく。自分の儲けでは何週間も稼がなければ届かないだろう。

アリスは強引にショーウィンドウの前から離れると、いつも通りのアトリエ商店へと向かった。


次話、4 アリスと宝石

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