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トリリスの娘  作者: ほーらい
王都、破-序章
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21 イリスと魔女

第二十一話


「ん~……んんん~……!」

 イリスは大テーブルを一人で一つ使い、新聞を同時に何枚も広げて読んでいた。

 周りから見れば異様な光景だが、彼女には同時に複数の本などを読むという特技がある。別にイリスにとってはなんでもないことだった。

「王都って物騒ね……」

 ぱらぱらと新聞のページをめくる。彼女の目に幾度となく飛び込んできたのは犯人不明の連続通り魔殺人事件である。

 手口は極めて単純にして残酷。老若男女、場所を問わず、鋭利な刃物でばっさりと斬り捨てられている、という事件である。

 被害者の数も時には一人、時には数人まとめて殺される。そして被害者の職も関係ない。か弱い女や老人、子供が被害に遭うこともあるが、なかには王都で有名な傭兵ギルドが一晩で全滅したという話すらある。

 よって犯人は相当の達人の集団か、あるいは人外の化け物であると考えられている。

 王都は対策チームを結成し、夜間の見回りを強化したり、魔術による警報装置を設置したりと様々な対策を講じている。

 だが、どれだけ対策を行っても被害者の数は増える一方で、警報装置に引っ掛かりもしない。

 この姿の見えざる殺人者は亡霊ファントムと名付けられ、多額の懸賞金をかけられることとなる。

 結果として腕に自信のある者達が王都に集っているが、仕留めることのできた者はいない。

 他にも連続行方不明事件だとか、スラム街での強盗殺人放火、規則破りの魔術研究など、事件に暇がない。イリスはこんなに恐ろしい街によく住んでいられるな、と思った。

「ふぅ……」

 そこで一度イリスは顔を上げる。マリスが現れたからである。

「姉さま、はかどってるぅ~?」

 イリスは首を横に振った。それを見てマリスはため息をつく。

「だよねぇ~……。あたし達が少し調べたくらいで何かわかれば、とっくの昔に国が対策してるよねぇ……」

「一応、半年分の新聞を見たけど、気になったのは連続通り魔殺人事件くらいかな……」

「お、どんな事件なのぉー?」

 イリスは事件の概要を語って聞かせる。それを聞いてマリスはしばらくうん、うんと頷いていたが、話を聞き終わって渋い顔を浮かべる。

「んー……。個人じゃ限界あるよねぇー……。怪しいっちゃ怪しいけどさぁー……」

「そうよね……。もし戦乱なんてモノを引き起こせる力を持った化け物がこの事件を起こしているなら、こんな数人ずつ殺してないで王都そのものを一気に滅ぼせるわけだろうし」

「ただの快楽殺人者なんじゃなぁい? おお、王都は怖いトコだねぇ……」

 マリスはけらけらと笑いながらそう言った。

「もう……マリスったら不謹慎よ?」

「ごめんごめぇ~ん」

 イリスは小さくため息をついた。

「じゃ、あたしはちょっと聞き込み行って来るよぉ~。姉さまは新聞十年分お願いしてもいい~?」

「私は構わないけど……この前みたいに、危ないことにならないでね?」

 イリスは真面目な表情を浮かべてマリスに言った。それを見て、マリスは少し視線をズラし、頬を朱色に染める。

「わ、わかってるよぉ~。もう不用意に生年月日を他人に教えたりしないからさぁ~」

「生年月日に限らず、危ないことをしてほしくないのよ。あなたが石化させられたとき、どれだけショックだったと思ってるの? もう、あんな思いはしたくないわ」

 マリスはぽりぽりと頭を掻く。

「うん……わかったよぉ……」

 それを聞いて、イリスはぱっと笑顔を浮かべる。

「じゃあ、私はしばらくここにいるから」

「あ、姉さまホテルの場所わかるぅ~?」

 イリスは首を横に振る。

「じゃあ、閉館時間の頃に迎えに来るよぉ~」

「そうしてちょうだい」

 マリスはくるりと背を向ける。それをイリスは見送ると、再び新聞へと視線を落とす。

「さて……他にどんな事件が起こってるのかしらね」

 彼女は再び目まぐるしい速度で目を動かしながら、新聞を読み始めた。



 それから数時間が経過した。

「ない……ないわ……」

 四年分の新聞を読み終えたが、他に怪しい事件はない。

 イリスはとりあえず、得られた手掛かりから連続通り魔殺人事件について考察することにする。

「っと、今何時かしら……」

 図書館に掲げられた大時計を見る。時刻はおおよそ正午少し過ぎくらいの時間だった。

「どうりでお腹が空くわけだわ」

 イリスは一度新聞から顔を上げると、ハンドバッグを手に立ち上がる。

 図書館の隣には簡易食堂が設けられていた。イリスはそこで昼食を取ることにする。

 さすがにほとんど正午ということもあって、店の中はかなり混雑している。そんな中、なんとか席を取るとイリスはランチセットを注文した。

 イリスは手を組んで考える。四年分の新聞を読んでわかったこと――それは連続通り魔殺人事件がおよそ一年ほど前から続いているということだった。

 犠牲者の数は五百人以上。ギルド単位で壊滅させられた事件で一度に百人以上が殺害された事件による死者が全体の九割以上を占めていた。

「それにしても……これほどまでの人数を殺せるなんてどんな化け物なのかしら……」

 中には王都内有数の強力な傭兵ギルドも含まれている。たとえ犯人が剣の達人といえど、戦争を生業としている者達を虐殺するなど、通常は不可能だ。

 ならば、犯人は人間ではないのだろうか。ただの魔獣ならば知性などないに等しい。一年もの間、人間の住む街の中で姿を隠したまま過ごすなど不可能だ。

 ならば考えられる可能性は何か。イリスは頭を絞って考えてみる。

 挙げられるものは……たとえば精霊や妖怪などの高い知能を持つ人外の類だ。精霊ならば姿を見つけられずに長い間人間の世界に隠れ住むことができるし、妖怪の中でも外見が人に近い個体の中には人間の社会の中で生活している者すら存在する。

 精霊はその強力な魔力を使えば人を殺すことなど造作もない。喩えるならば、魔力の塊に意思を与えたのが精霊である。人間の力ではとても使いこなすことのできない魔術や魔法を操ることもできるのである。ちなみに、精霊魔術とは彼らの力を借りることによって、発動する魔術だ。

 さて妖怪についてだが、人間が自然界へと侵略していく中、自然界の住まう動植物が人間に狩られないようにする一番簡単な方法は何か。それは人間に擬態することである。

 動植物が進化して人間に近い姿を得て、更に知能を得たのが妖怪だ。

 もちろん、動植物が進化して人間の姿をとっているのだから、進化する前の生物の形質も持っている。猫の妖怪ならば素早く動くことができたり、象の妖怪ならばとてつもなく強い力を持っていたり、などである。

 だが、とそこでイリスは考える。

 精霊や妖怪が人間を殺すメリットはなんだろうか。

 精霊は確かに意思を持ってはいるが、その思考回路は人間とは異なる。命を育む存在である彼らは他の命を奪う、という概念がそもそも存在しない。彼らはただそこに存在し、静かに世界を見守るのが存在意義であるのだ。

 そして、妖怪はもっとメリットが見つからない。彼らは元々は動植物がベースだ。動植物達は無益な殺生を行わない。自らに利益のある殺生、すなわち自らのテリトリーが侵された場合や、食糧を確保するため、あるいは自衛のためなどだ。

「ランチセットAです」

 ことり、と彼女の前に湯気を立てる食事が置かれた。だが、イリスはそれに手を付けることもなく考え続ける。

 ならば犯人は人間なのだろうか。たとえば、強力な魔術師……いや、魔法使い。

 そこまで考えてイリスはぶんぶんと首を振る。

 魔術の発展したこの時代、本物の魔法などまずありえない。以前に騙されてからイリスはそうマリスに教え込まれてきた。

 現在、あらゆる現象とその因果関係はほぼ解明されている。そして、そんな法則をぶち破るような奇跡、それが魔法だ。

 つまり、ありえてはいけない現象を任意に引き起こせる者が魔法使いなのである。それは――考えようによっては神と同義だ。

 そう、もはや魔法を使える者は人間としてのカテゴリーを超えている。

 イリスはうなって頭を抱え込み、テーブルにうつ伏せになる。

 じゃあ、犯人は誰だ。誰がこんな事件を起こしているのか。

「……あ」

 そこで、イリスは自分の考えた内容を少しだけ思い返してみる。

 ――魔法を使える者は人間のカテゴリーを超えている。じゃあ、人間のカテゴリーを超えた人間が事件を引き起こしている、と考えれば可能性があるのではないだろうか。

 妖怪、という言葉は基本的に動植物が進化し、高等知能を身に付けた者のことを指す。ならば、人間も進化する可能性があるのではないだろうか。

 魔術師の中には自らに魔術的な措置を施して人間以上の更なる上位の存在に昇華しようと試みた者も存在する。その多くは失敗に終わり、まともに生活できない体になった者がほとんどだが――。

「もし、成功した人がいたら?」

 人間の魔術的進化による妖怪化。ありえない話ではない。

 いや、いくらなんでも突拍子過ぎるだろうか。

「リースちゃん、何か知らないかしら……」

 あんなちんちくりんでも王宮魔術師だ。何か手掛かりくらいあるかもしれない。

 イリスはランチセットをかっこむと、水で一気に流し込む。

 一瞬で平らげると、伝票を手に取ってレジへと走った。



「なるほどね……。それで……アタシのトコまでわざわざ来たのね……」

 リースドールはかなり不機嫌そうな表情を浮かべていた。顔は真っ青で、いかにも体調が悪そうだ。

「ったく……アタシは二日酔いでぶっ倒れてるってのに……」

「あはは……ごめんね、リースちゃん」

 リースドールは舌打ちを打つと、指を鳴らした。

 隣の部屋からぱたぱたと本が飛んでくる。イリスがその下を覗きこむと、小さな紙片が張り付いていた。

「はい、人間の妖怪化に成功した人間の情報」

 そう言ってリースドールは一冊の本を差し出す。

「え、ホントにいたの!?」

 イリスは慌ててその本を受け取り、ぱらぱらとページをめくる。

「ヴィオレッタ・オクテット。精霊魔術の第一人者で、それを発展させた魔法、自然魔法の祖よ」

「自然魔法……?」

「精霊魔術がその場に満ちる精霊の力を借りて発動する魔術なら、自然魔法はその逆。術者から干渉して、場の精霊の情報、すなわち魔力の属性を書き換え、強制的に場に満ちる属性を変化させる魔法、それが自然魔法よ」

「ちょっと待ってよ! 精霊の情報を書き換えるってどういうこと!?」

「そのままの意味よ」

 リースドールは小さくため息をつく。

「ヴィオレッタは精霊すらも使役……いえ、支配できる化け物みたいな式神使い。それもただの使役じゃない。存在そのものを変化させるっていう、属性保持の法則を完全にぶち破ってる魔法使い。それがヴィオレッタよ」

 この世界に存在する絶対の理をねじ曲げる奇跡の業、それが魔法。そんなことができる化け物ならば、人知れず殺人を行うことも、戦乱を引き起こすことも容易いだろう。

「教えてくれてありがとう。そのヴィオレッタさんっていうのはどこに住んでるの?」

 その言葉を聞いて、リースドールは唖然とする。

「あんた馬鹿? あんな化け物に会ってどうするのよ。下手すれば殺されるわよ?」

「確かめたいことがあるのよ」

 それほどの実力者ならば、通り魔事件どころか戦乱を起こすことくらい容易いだろう。もしかすると、ヴィオレッタが戦乱の元凶かもしれないと思うと、いてもたってもいられなかった。

「……ったく。でもあんた一人で行くのはやめなさい。億が一も勝ち目がないわよ」

「妹達を連れていったらどう?」

「あいつらもだけど、メルシーを連れていけば少しはマシよ。フォードにはアタシから話してあげるわ」

 リースドールはもう一度指を鳴らした。すると、一枚の便箋と封筒を運ぶ式神が飛んでくる。

「場所はメルシーに教えておくから。あんた一人で行って犬死にされたら面倒だもの。で、他に用事は?」

「えっと……これ、何だか知ってる?」

 そう言ってイリスは記憶の魔術書を取り出した。

「ああ、記憶の魔術書ね。何、なんか欲しいの?」

「もしかすると……殺されるかもしれないんでしょ? リースちゃんの力を貸してもらえないかな……?」

 やれやれ、というような表情を浮かべてリースドールは記憶の魔術書をひったくると、口語の呪文を唱える。

「はい、“王の伊吹”入れといたわよ」

 そして、ぽんとオーブを放り投げた。それをイリスはキャッチする。

「ありがとね」

 イリスはにっこりと笑った。

「じゃ、アタシは手紙書いたら寝るから」

「うん、おやすみリースちゃん」

 イリスはぱたぱたと手を振って部屋を後にする。

 ここに来てようやく手掛かりが掴めた。もしかすると無駄足に終わるかもしれない。だが、初めての手掛かりだ。イリスは少しワクワクする。

「図書館に行って、ヴィオレッタさんって人のことを少し調べてきましょう」

 イリスはそう決めると、再び図書館へと向かっていった。


えー・・・マジでごめんなさい。

仕事が忙しすぎて先週更新を忘れました。

地震のせいで仕事がやばいきつくなってもうてんやわんやで・・・。

なんとか仕事が終わり、こうして更新できるようになりました。


というわけで今週は二話連続更新です。

イリスが魔法使い、という手がかりを得るお話となっております。

果たして、このヴィオレッタという魔法使いは敵か、あるいは味方か、それとも・・・気になるでしょうがお楽しみに!


では解説を。


今回は属性保持の法則についてお話しましょう。

属性保持の法則、とはその名の通り属性を保持する法則です。

なんのこっちゃ、とおっしゃる方がほとんどだと思うのでもっとつっこんで解説しましょう。

たとえば、火の属性。これは魔力が火の属性を持っているというわけです。

例えるなら、化学によく登場する原子でしょうか。

たとえば、水素という原子はいかなる方法を用いても(核融合などの例外はありますが)、水素以外の原子にすることはできません。

もちろん、化学反応させて酸素と結合し、水にすることはできますが、限界まで細かく分けると、結局は水素となってしまうわけです。

同様に、水の魔力は水という属性以外を持つことはなく、風の魔力も土の魔力も同様です。

ですが、ヴィオレッタの用いる魔法はこの法則を根本から破壊するものなのです。

水の魔力を火の魔力に変換したり、その逆も可能です。

これのどこが凄いかというと、水素を酸素にしてしまうくらいの凄さがあります。

魔法という奇跡を用いて魔力の性質を書き換える、それがこの魔法というわけなのです。


これ、一見どこが凄いのかよくわかりません。

では、具体例を一つ説明しましょう。


まず、Aさんが火の精霊魔術を使うとします。

爆発の精霊魔術を使うためには、その場に満ちる火と風の精霊の手助けが必要です。

火と風の精霊から火と風の魔力を引き出し、それを術者が持つ変換回路に組み込んで魔術へと組み換え、魔術という形で顕現させます。

これが普通の魔術の使い方です。

化学にたとえるならば、水素と酸素(火と風の魔力)を化学式(変換回路)を用いて化学反応(組み換え)させ、爆発という現象(魔術)を起こすわけです。

基本的なところは魔術も化学も同じです。

ただ、物理的な変換式を用いるか、精神的な変換式を用いるか、という違いなのです。

さて、お気付きの方も多いでしょうが、これは化学式である以上式に用いられた要素以外の要素を式に入れてはいけません。

つまり、


2A+B→2AB


である必要があるのです。

しかし、ヴィオレッタの魔術は


2A+B→2CD


という、右辺と左辺が繋がらない式を作り出すことも可能なのです。

ただし、ヴィオレッタの能力はあくまでも属性変換のみなので、1の魔力からは1の魔力しか生み出すことができません。

それだけがヴィオレッタの弱点ですが、まあこの点が弱点となりうることはほとんどないでしょう。

なぜなら、魔力を枯渇させるということは、その場に満ちる精霊全てを消滅させることに他ならないのですから。


では、そろそろ次回予告と参りましょう。


三姉妹は今日一日歩いて得られた情報を整理する。

ヴィオレッタ、神獣、謎の連続殺人事件...

どれもが怪しく、そして疑うことができる。

しかし、この日はもう遅い。三人は眠りにつくことにする。

――二人の妹達が寝静まった頃、長女は窓の外に黒い影を見た。


次話、22 アリスと一夜

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