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トリリスの娘  作者: ほーらい
王都、破-序章
20/23

19 アリスと平和

第十九話


「強盗殺人事件……かぁー」

 マリスは王立新聞社の発行する新聞を広げて見ていた。

 結局トリリスの娘とリースドール達はフォード邸に一晩泊まっていた。アリスとリースドールはまだ二日酔いが残っているのか、調子悪そうにしながら寝込んでいる。

 一方、あんなに簡単にぶっ倒れてしまったメルシーはというと昨日のことなどなかったかのように早朝から元気に動き回って家事をしていた。

「しかも、その犯人盗んだものを通りのど真ん中に残して姿を消しちゃったんでしょ?」

「そこが腑に落ちないんだよねぇー。人を殺してまで物を盗んだのに、それをほっ放って逃げるってのがどうもおかしい気がするんだよなぁー」

 新聞によると、街全体に非常線を張って目下捜索中だという。街の入り口で検問をしており、特別な事情と身体検査がなければ街から出られないようなので、トリリスの娘達もしばらく王都から出ることができなさそうである。

「まぁ、まだこっち問題は解決できてないから別にいいんだけどねぇー」

 マリスは新聞を丸めてテーブルの上に放り投げた。

「メルシぃー! 朝ご飯はぁー?」

「はい! ただいまお持ちします!」



 アリスとリースドールを無理やり叩き起こして朝食を終えた一行は、ようやく後片づけを始めていた。

「うぅ……頭痛いです……」

「アタシも……」

 アリスとリースドールは辛そうな表情を浮かべながら昨晩散らかした残骸の片付けをする。

「そんなんで大丈夫? 図書館へは私とマリスだけで行こうか?」

「そうしていただいてもよろしいでしょうか……」

 アリスはどっかりとソファに座る。

「メルシー、アリスさんをホテルまで送ってもらってもいいかな?」

 そんなアリスの様子を見てフォードがメルシーに言った。メルシーはすぐに笑って――

「はい、承りました!」

 と言った。

「ごめんなさい、メルシーさん……」

「いいですよ。お客様をお送りするのも私の仕事ですから」

「それに、アリスだったら地図渡しても迷いそうだしねぇー」

 にしし、とマリスは笑いながら言う。

「お姉さま……酷すぎます……」

 一同は明るい声で笑いあった。



 フォード邸を出た一同はマリス達図書館へ行くグループと、自宅に帰るリースドール、そしてホテルへと向かうアリスとメルシーのグループに分かれた。

 アリスはメルシーに体を支えられながらゆっくりと歩く。

「なんだかすみません……」

「別に構いませんよ。人と散歩するのはとても楽しいことですからね」

 メルシーは笑顔でそう答える。その笑顔の輝かしさにアリスは目が眩むようにさえ感じた。

「メルシーさんは……人間は好きですか?」

「いきなりどうしたんですか?」

 アリスは気付くと、そんなことを尋ねていた。

「あ、いえ……。メルシーさんは天使ですよね? 人間なんかとは次元の違う、全く高等な生き物……いえ、生き物を超越した存在ですよね。そんな方が……私達に頭を下げたり、ましてや酔っている人間を介抱したりだなんて、屈辱じゃないんですか?」

 その質問にメルシーはくいっと首を傾げる。

「そんな……とんでもないですよ!」

 なんでそんなことをアリスが尋ねたのかわからない、という様子でメルシーは言った。

「私達天使は人間を愛しています。いえ、人間だけではありません。人間を含めたこの世に存在するありとあらゆる存在……それらを全てを愛しています。それに、私達の方が人間よりも次元が上だなんてことはありませんよ。確かに私達は死後の世界で死した者達の魂を世話する役目を仰せつかっていますが、だからといって人間よりも立場が上だなんてことがあるでしょうか。あなた達人間は体が自由に動かせない老人を介護するとき、立場が上だと思って介護しますか? 優越感に浸りながら介護しますか?」

「そ、それは……」

 メルシーは目を閉じて胸に手をあてる。

「それと同じことなのです。確かに能力は天使よりも劣っているかもしれません。でも、だからといって私達は人間を見下すようなことはしません。むしろ、そんな不完全な人間だからこそ手助けをしたいのです」

 彼女はにっこりとアリスに微笑みかけた。

「だから、あなたが気に病む必要はありませんよ」

「メルシーさん……」

 メルシーはアリスの眼前に指を持ってくる。

「少し我慢してくださいね」

 彼女はゆっくりと目を閉じると、ちょんとアリスの額をつつく。

 その瞬間、アリスは突然体が軽くなるのを感じた。

「え、えぇ……!?」

「簡単な魔法をかけました。二日酔いも楽になりませんか?」

「え、あ、はい。すっかり楽になりました」

 アリスは驚いていた。二日酔いの症状の遮断や無効ではなく、彼女は二日酔いという状態そのものを“消去”したのだ。言うなれば、現象の消去。アリスの体から、二日酔いという現象を消去したのである。質量保存の法則と同じ原理である“概念保存の法則”が存在する限り、そんなことは理論上できない。

 だが、そこでアリスはメルシーの言葉を思い出す。彼女は言ったではないか。魔法だ、と。

 あらゆる法則を無視し、奇跡を引き起こすのが魔法だ。ましてや彼女は魔法をそのまま生き物にしたかのような存在である天使だ。魔法を行使するくらいことなど造作もないのだろう。

「少し街を歩きませんか? アリスさんからは面白いお話が聞けそうです」

 メルシーはにっこりと微笑んだ。

「メルシーさん、お時間は大丈夫ですか……?」

「家事は皆様がお休みになっている間に片付けておきましたし、そもそもフォード様はしっかりしたお方です。私がいなくとも大抵のことは一人でなさりますから大丈夫ですよ」

「それじゃあ……お言葉に甘えて……」

 アリスは遠慮しがちにメルシーの隣に並んだ。

「では、行きましょうか!」

 メルシーはアリスの手を取ると、少し早足で歩き始めた。



「お、メルシーちゃん。妹かい?」

「メルシーちゃん、可愛い子連れてるなぁ~」

「こうして見ると姉妹みたいだな!」

「お嬢ちゃん、山向こうの街から来たのかい? 大変だったろう」

 やはり金髪の美女と美少女が並んで歩いていると目立つようで、次から次へと声がかかる。食べ歩きのできそうな商品をサービスする店主すらいた。

「はふはふ……美味しいですね」

 アリスは熱い肉まんを頬張りながら街を歩く。そんなアリスの隣にメルシーも肉まんを食べながら並んでいた。

「あのお店の肉まんは王都一ですからね」

 大通りをしばらく進んでいくと、やがて広場へと出た。

 外周には露店が立ち並び、そして家族連れで賑わっている。

 メルシーとアリスは一度近くのベンチに腰を下した。

「向こうの街でも人が多いと思ったのに、この街はそんなの比べものにならないくらい人が多いですね」

「この国一番の大都市ですからね」

 彼女らの前を元気そうに子供たちが駆け抜けていく。そんな子供の様子を見て、アリスは思わず頬が緩んだ。

「平和ですね……。こんな風景を見ていると、スタリアさんの予言が嘘のように思えてきます」

 そっとアリスは目を細める。自らの死すらも含むそんな大規模な戦乱など、本当に起こるのだろうか。とてもではないが、そんなことなど信じることができなかった。

「そうですね……。私もそんなことが起こるとは思えません」

 メルシーもそう言い切った。それを聞いてアリスは少し安心する。

「確かに高級占星術ならば、見通すことのできない未来はないでしょう。ですが、それも完璧ではありません。どんなに完璧に構築されたものでも、必ずほころびはあるのですから」

 アリスはその言葉を信じたかった。だが、メルシーは表情を曇らせる。

「けれども……どうせ起こらないだろうと思って何もせずに過ごしてしまえば、もし本当にそれが起こったときに大変なことになります。だから、私達はそれに備えて対策をするのです。天使は――この世に生きる存在を助け、護り、救済するために存在するのですから」

 メルシーはそう言って空を見上げる。

「私達でさえ、確実な未来を見通すことはできません。私達は――確かに人間に比べれば強大な力を持っていますが、万能の存在ではないのです。それは人間と同じなのですよ」

 白い肌の腕を高く掲げ、太陽の光へとかざす。

「だから、できることは全てやります。もし、何も起こらなければそれでいいのです。そのときはただ安心すればいいのですから」

 そして、彼女はにっこりと微笑む。

「私はもちろん、フォード様もきっとお手伝いしてくださいますよ。共に……この世界を守りましょう」

「はい!」

 アリスはメルシーの手をぎゅっと握る。陶磁器のように美しいその肌は、しかし驚くほど柔らかかった。

 けれども、確かに強い力を秘めている。そんなメルシーがアリスはただただ頼もしいと思った。




さて、ついに出ました魔法。

魔法と魔術、これの違いはなんでしょうか。それを説明したいと思います。

まずは魔術から。

これはこの世界でいうところの科学にあたります。

その原理が全て解明されており、精神的技術としての存在が魔術です。

人間が使う科学はほとんどがその原理が解明されておりますよね。

それとほぼ同義だと考えていただければOKです。

物質世界の進化の果てが科学、精神世界の進化の果てが魔術、と僕は定義しています。


一方、魔法とはなんでしょうか。

それは、人間に原理が解明できていない魔力を用いる術を指します。

人間の既知の法則を超える原理によって発生する異常現象、それらが魔法といえます。

この世界でいうと、タイムマシンやテレポート技術などが魔法に属します。


この作品では明確にこの二つを分けて書いていますので、くれぐれも間違えないように注意してくださいね。

それでは次回予告です。


王立図書館へとやってきたマリスとイリス。

ここでは様々な分野における書籍が数多く取り揃えられていた。

「で、マリス。一応図書館には来たけど何から調べるの?」

「んー、ここの本を片っ端から読めたら幸せなんだけどねぇ~……。でも、今はそんなことしてる暇ないのが現実なんだよなぁ~」

二人は手分けして、占星術にて見通された戦乱について、手がかりとなるものを探し始めた。


次話、20 マリスと事件

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