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トリリスの娘  作者: ほーらい
王都、破-序章
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18 イリスと悩み

第十八話


 突然の来訪にもかかわらず、最高の夕食を提供されてすっかり満足したトリリスの娘達はすっかりフォード邸に居着いてしまっていた。

「メルシぃー! ネクタールぷりぃーず!」

 すっかり出来上がってしまったマリスと、しこたま酒を飲まされてソファで横になっているアリスを見ながらイリスは特大のため息をつく。

「はぁ……。まったく私達、何しにここに来たのかしら」

 リースドールとマリスはすっかり飲み比べを始める。こんなところでもリースドールは敵対意識を燃やしているようだ。まだ幼いというのに、本当によくお酒を飲む子だとイリスは思った。

「楽しんでいただけていますか?」

 すると、グラスを持ったフォードがイリスの元へとやってくる。フォードは右手に持っているボトルを差し出した。イリスは遠慮しがちにグラスを差し出す。

 とくとく、と桃色の液体がグラスへと注がれていく。

「ごめんなさいね、突然押しかけてしまって、こんなに騒いで……」

「ははは、構いませんよ。こんなに楽しいのは久しぶりです」

 やがてはメルシーすらも巻き込んで大騒ぎが始まる。そんな様子を見て、イリスはますます頭が痛くなるのを感じた。

「メルシー、大丈夫かしら? 相当飲まされているようだけど……」

「彼女は自分の管理はしっかりできますから、大丈夫です」

 と、彼が言った瞬間メルシーはぶっ倒れる。

「ほら、飲めなくなった瞬間すぐ倒れて寝ちゃいました」

「それは管理してる、とは言わないんじゃないかしら……」

 フォードは洒落っ気のある笑みを浮かべる。

「こんな天使ですが、頼りになるときは本当に頼りになる天使なんです」

「熾天使というくらいだからね。でも、天使のトップがこんなだと考えると、死後の世界も少し楽しみだわ」

「はは、でもあなたはまだ若いのですから、そんな死後の世界のことなどまだ考えるのは早いですよ?」

 それにほら、お美しい、とフォードは付け加える。イリスの白い頬が少し赤く染まった。

「あなたもお酒が入っているのね」

「本音ですよ? あなたの輝くような銀髪はとても美しいですから」

 そう言ってフォードはイリスの長い銀髪を撫でる。悪い気はしなかったので、イリスはなされるがままにしていた。

「妹――マリスにも同じことを言われたわ。あの子、茶髪でしょ? 私の髪が羨しいって……」

「そうですね。もし私が茶髪だったら同じことを言ったかもしれません。けれども、マリスさんの髪も十分素晴らしいと思いますが」

「何よりあの子は魔術の才能があるわ。私なんて……比べ物にならないほどにね」

「トリリス家と言えば有名な魔術の名門。何をご謙遜することがあるでしょうか?」

 イリスはうつむいた。そして、ぼんやりと呟くように言った。

「私、低級の精霊魔術しか使えないわ。謙遜するも何も、私は魔力の量だけが取り柄の……。魔術の才能は平凡……いえ、平凡以下だわ」

「ふむ……それならば、あなたにいいものを差し上げましょう。少し待っていてください」

 そう言ってフォードは部屋を立ち去っていく。

 イリスは自分の実力を思い返す。マリスが熱心に教えてくれるおかげで、なんとか低級魔術をしっかりマスターすることはできた。だが、所詮それまでだ。低級魔術など、魔女の血を引くものであれば呼吸をするように使えて当たり前の魔術なのだ。

 マリスは低級魔術はあらゆる魔術の基礎となるものだから、完璧にマスターするべきだと言う。普通の魔女ならば、かなり荒いのが当然なのだが、そこをあえてイリスはマスターするほどまでに訓練した。だが、イリスとしてはもっと高級の魔術を使いたいというのが本心だ。

 だが、イリスはマリスの言葉を思い出す。魔力量“だけ”は一流だ、と。そう、所詮彼女は魔力の量が凄まじいだけで、魔術の才能の欠片ほどもないダメな魔女なのだ。

「バカね……。いくら妹達がフォローしてくれても、私は所詮そんな魔女なのよ」

 そう考えると、諦観にも近い感情を感じる。

「お待たせしました」

 気付くと、フォードが戻ってきていた。彼が差し出してきたのは、綺麗な緑色に輝くオーブ。

「これは……?」

「記憶の魔術書クイックローダーと呼ばれる魔具です」

「記憶の……魔術書?」

「このオーブには魔術を記録することができます。術者はその魔術の名称を一言唱えるだけで、使用者の魔力を使って、瞬間的に魔術を発動させることができるのです。本当はよく使う魔術の詠唱をスキップするために使うものなのですが……これに高級魔術を込めることによって、実力以上の魔術を使用することもできます。もちろん、その分魔力を消費しますが、トリリス家の人間の魔力ならば、その問題はクリアできるでしょう」

「ってことは……マリスに魔術を込めてもらえば、私は一時的にマリスの魔術を使うことができる、ってこと?」

 フォードはにっこりと笑って頷いた。

「登録できる魔術は二十六個までです。色々施行錯誤をして、お好みの魔術を登録してください」

「わかったわ。ありがとう」

 イリスはそのオーブを大切にしまう。これがあれば――もう魔力だけの魔女ではない。

 マリスやアリス、リースドールに頼めば、彼女らの得意とする強力な魔術や、便利な魔術が自分のものになるのだ。

 ――本当にこれでいいのだろうか。

 今まで楽に進むことばかり、彼女は考えてきた。そして、その結果いつも失敗した。

 やり方が間違っていたのか、それともその考えが間違っていたのか――ともかくどれもこれも上手くいかなかった。

 そして、マリスは努力することを教えてくれた。アリスは努力をする手助けをしてくれた。

 誰もが努力もなしに天才や秀才になったわけではない。マリスやアリスも血のにじむような努力を積み重ねてきたからこそ、今の彼女があるのだ。

 イリスはフォードの元を離れてマリスの元へと歩み寄る。

「ひゃっほぉーい! あたしの勝ちぃー!」

 目を回してばたりと倒れ込むリースドール。それを誇らしげにマリスは見下ろす。

「あの、マリス。ちょっといいかしら?」

「んん~? 姉さまも飲むぅー?」

「あの……これ、なんだか知ってる?」

 イリスは記憶の魔術書を取り出した。それは彼女の手の中でキラキラと輝いている。

「ああ、記憶の魔術書かぁー。随分イイモノ持ってるじゃーん」

「さっきフォードさんからもらったんだけど……これを使えば、私にも高級魔術が使えるんでしょ?」

「そうだねぇー。なんか使いたい魔術あるぅー? あたしが登録したげるよぉー?」

 そこでイリスは首を横に振る。

「ううん、そうじゃなくて……。これを使えば、私は一時的にマリス並の実力を得ることになるんでしょ?」

「そうだねぇー」

 マリスはとろんとした目をしながら首を縦に振る。

「でも、それって早い話がズルよね……? 何の努力もしないで、そんな高級魔術を使えるようになるなんて……」

「んー、姉さまはなんか勘違いしてなぁーい?」

「え……?」

「努力をすることは確かに大事なんだけどぉー、その努力の結果が黒コゲ料理だったら意味ないわけじゃーん?」

「まあ、そうね……」

「ほら、姉さまって“壊滅的に”料理がヘタクソでしょぉー? でも、それは頑張ってないからじゃなくて、頑張りの仕方を間違えているからなんだよぉー」

「か、壊滅的……。た、確かに私の料理は全部黒コゲになるけど……」

「過程も大事だけどぉー、結果も重要ってことだよぉー」

 イリスは話がどの方向へと進んでいるのかわからず、首を傾げる。

「え、えっと……?」

「姉さまは早く魔術が使いたくてウズウズしてるんでしょぉー? なら使っていいんでなーい?」

「え、いいの……?」

「た・だ・しぃー!」

 そう言ってマリスはびしりとイリスの眼前に指を突き付ける。

「普段の魔術の勉強も怠ったらメッだよ? これから中級魔術にも入っていくわけだしぃー、魔術の勉強はこれからが楽しいんだよぉー?」

 マリスはイリスの手からオーブをかっさらう。そして超高速で呪文を唱えた。緑のオーブが一瞬赤く発光する。

「ま、知識の蓄積も大事だけど実際に使って覚えるのも大事さぁー。今、“大エリクシルの結晶”を入れといたよぉー。精霊魔術の奥義の一つを実際に使うことで、魔力のコントロールの仕方とかも学べるはずだからさぁー。広いところでやるといいよぉー。さってと、あたしはもうちょい飲むかなぁー。おーい、フォードぉー! そんなとこつっ立ってないでおいでこっちおいでよぉー」

 フォードはくすりと笑ってマリスの隣に腰を下した。

 イリスはごくりと喉を鳴らして唾を飲み込む。あのリースドールとの戦いで見せたあの高級魔術、それを今の彼女は自由に使えるというのだろうか。

 イリスはこっそり外へ出た。幸い、家の裏は少し広い庭が広がっている。そこの中央に彼女は陣取ると、オーブを手に持って高らかに宣言する。

「“大エリクシルの結晶”!」

 オーブが明るく、そして強く輝く。

 その瞬間、たくさんの魔力が吸い取られるような感覚を彼女は感じた。

「これは……!」

 彼女の周囲に四大種を司る四色の柱が浮かび上がる。それは数日前にマリスが見せたあの魔術とまったく同じものだった。

「で、できた……!」

 それと同時に、ぐんぐん魔力を術に吸われていくのを彼女は感じた。この魔術は、術を維持するために莫大な魔力が必要なのだろう。

 だが、魔力の源泉ともいえるような彼女にとって、その吸収されていく魔力の量は大したことないように思えた。

「ふぅ……」

 イリスは魔力の供給を止める。すると、自然に術は消えていった。

「これで私、もう足手まといじゃないかな……?」

 イリスにはマリスのような魔術のバリエーションも、アリスのような細かな魔術の出力の調整もできない。ならば自分にできることはなんだろうか。

 それは、せめて足手まといにならないようにすることだ。この先、恐らく戦いが待っているだろう。そのとき、マリスやアリスのように戦えるようにする必要がある。

 彼女らにできないことは何か。それは持久戦となったとき、長い時間魔力を温存させることだ。

 トリリス家に生まれた時点で、トリリスの娘達は魔力の量が人並み外れていることは確かだ。だが、それでも魔力の倉庫番のように大量の魔力を用いる魔術や魔具を使う必要があるとき、それを長い間維持させることができるのはイリスだけだ。

 さきほどの大エリクシルの結晶も魔力の消費量は普通の魔術よりも遥かに多い。マリスはあのときリースドールの魔術を全て吸い込んだが、あれだけの時間維持するとなると、マリスの魔力の大部分を食うのではないだろうか。

 そう考えると、リースドールが諦めることなく更なる攻めを繰り返していたり、あるいは“王の伊吹”を使った際にマリスがもっと魔力を消費する方法で切り返しをしていたならば――マリスは負けたかもしれない。

「まさか……ね」

 マリスに限ってありえない。そう思ってイリスはその考えを打ち消す。

 あのマリスがただの魔女に負けるはずがない。何らかの方法できっとどうにかしただろう。

「後でリースちゃんにもお願いしよう。色々な魔術を使うことによって、それぞれの魔術の弱点や長所が見えてくるかもしれないわ」

 イリスは記憶の魔術書を懐にしまいこむ。手のひらで包み込むことができるほど小さなそれはポケットにも十分入る大きさだった。

「まだ……まだよ。皆から魔術をもらっても、それを使いこなせるようにならなきゃいけないわ。練習を積まないと……!」

 彼女はぐっと手を握りしめた。そして空を見上げる。

 王都の夜は思っていた以上に肌寒いとイリスは思った。澄んだ空には美しい星々が宝石箱をひっくり返したように散りばめられている。

「戻りましょう」

 酒で火照った体も冷えてきていた。イリスは肌をさすりながら家の中へと入っていった。

こんにちは、ほーらいです。


さて、今作新しく登場したマジックアイテム、記憶の魔術書。

早い話が魔術を登録していつでも呼び出すことができるオーブです。

もちろん、発動に魔力が必要となりますし、制御することも必要なので、実力がなければ扱うことができません。

だから、イリスも自覚はしていませんが、彼女も十分魔女としての素質はあるのです。

これから先、低級魔術しか使えなかった彼女が一気にパワーアップします。

イリスの活躍、期待していてくださいね。

では、次回予告を。


「強盗殺人事件……かぁー」

マリスは王立新聞社の発行する新聞を広げて見ていた。

盗んだモノを道のど真ん中に放り出して犯人の消えた事件に、マリスは疑問を感じていた。

この事件のせいで、王都の出入りが厳しくなったという。

まぁ、まだこっち問題は解決できてないから別にいいんだけどねぇー」

マリスは新聞を丸めてテーブルの上に放り投げた。

「メルシぃー! 朝ご飯はぁー?」


次話、19 アリスと平和

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