17 マリスと宝具
第十七話
フォードの家はとても綺麗に片付けられていた。
リビングに通されると、広いテーブルには何も物はなく、壁に備え付けられた暖炉には煤一つない。白い革張りのソファもシミも見当たらず、床には埃の一欠片も落ちていない。
「綺麗な部屋……」
「これはしっかり掃除が行き届いてる証拠だねぇ」
「ソファもフカフカです!」
三人は思い思いのことを言いながら、広いソファに腰かける。三人が横に並んでも、そのソファは十分に余裕があった。
リースドールはフォードの隣に腰かける。
「あら、お客様ですか?」
そのとき、鈴のように美しい声が室内に響いた。
三人はそれに驚き振り返る。長い輝くような金髪、そして豊満な体、そしてモデルのように背の高い女性がリビングの入り口に立っていた。
「え、もしかして……奥さん!?」
それを聞いて女性は頬を赤らめる。
「そそそ、そんな奥さんだなんてそんな!? わ、私なんてただの使い魔です!」
「え……人間が使い魔!?」
マリスはやれやれとため息をつつきながらイリスの肩を叩く。
「姉さまは感じ取れないのぉ? あれは聖霊の類だよぉー。それも超一級のねぇー」
「ただの魔術師や魔女にあそこまで強力な力は出せません。しかも、それを自然状態で放っているのですから……本気を出せばどうなるか……」
アリスは畏怖と尊敬の念を抱いて女性を見上げる。
「紹介が遅れたね。彼女は僕の使い魔であり、天使の最高位に立つ熾天使、メルシー・セラフだよ」
「はじめまして、メルシーと申します。以後、お見知りおきを」
メルシーはゆっくりと頭を下げる。
「て、天使!? 今天使って言った!?」
「姉さま興奮しすぎだよぉ……。まあでも天使、それも熾天使を使役するなんて人間業じゃないねぇ……。君って実はすっごい魔術師なんだねぇ……」
マリスはフォードをまじまじと見つめる。目の前の優男からはそこまでのオーラ感じ取れなかったが、能ある鷹は爪を隠す、というヤツだろう。
「凄い魔術師だなんてそんなことないですよ。まだまだ僕も見習いです」
「それでいてそのことを鼻にかけないナチュラルさ。リースちゃんがベタ褒めするだけはあるわね」
ははは、と笑いながらフォードは頭を掻く。
「ともかく、お茶にしますね。皆様は何がよろしいでしょうか?」
「アタシ、オレンジジュース」
「私はアイスティーをお願いしようかしら」
「私もアイスティーをお願いします」
「あたし、ネクタールって一度飲んでみたいんだよねぇー。出せる?」
メルシーはにっこりと笑い――
「お任せください」
そう言ってキッチンへと消えていった。
「おお、言ってみるもんだねぇー」
「マリス、ネクタールって何?」
「神々の飲む霊酒だねぇ。天使っていったら、一番神様に近いところにいるからもしやと思ったけど、ホントに出してくれるとはねぇー」
「アンタらここに来た理由忘れてない?」
そこでリースドールが冷静にツッコむ。
「そういえばそうだったわね」
「すっかり忘れてました……」
「いやもう十分イイモノ見せてもらったから満足してたよぉー」
リースドールは小さくため息をつく。
「ま、とりあえず話をしましょうか」
「と、言うわけなんだよぉー」
三人はスタリアの予言についてフォードに話して聞かせた。
「ふむ……アステリスクさんの占星術については僕もよく聞いています。彼女の占いが外れるとは考え辛いですね……。ですが、僕もここ最近海外を旅したときにはそのような不穏な様子はありませんでしたが……」
フォードはしばらくの間考え込む。
「少し探ってみましょう。皆さんには僕の名前で王宮の宿泊施設を用意しておきます。しばらく待っていただいてもよろしいでしょうか?」
「全然おっけぇーだよぉー」
マリスは二つ返事でOKを出す。
「で、一つ頼みたいことがあるんだけどいいかなぁー?」
「と、言いますと?」
マリスはにししと笑みを浮かべ――
「天使なんか使役してるぐらいだしぃ、歴史研究もしてるんだからぁー……神具の一つや二つ、持ってるんじゃなぁい?」
「そうですね……、いくつかメルシーから預かっている道具がありますし、僕が集めた宝具の類がいくつかあります」
「蒐集家の血が騒ぐねぇ。見せてもらってもいいかなぁ?」
彼はにこやかな笑みを浮かべる。
「ええ、構いませんよ」
ちょうどそのとき、グラスをのせたお盆を持ったメルシーがやってくる。
「お待たせしました。オレンジジュースとアイスティー、ネクタールです」
ことり、とグラスが並べられる。きちんと主の分まで用意している辺りが抜け目ない。
「おお!? これがネクタールかぁー!」
マリスは桃色の液体を見て興奮した様子で言った。
「そんなに凄いものなの?」
「市場にゃボトル数本出回るか出回らないかのレベルの貴重品だよぉー? 飲むのがもったいないねぇー」
そう言ってマリスは舐めるように一口、口に含む。
「抜けるような甘味……。そして心が洗われるような爽やかさ……。これが神々の美酒と呼ばれた代物かぁ……」
「何よ、そんなに凄いの?」
イリスも一口飲んでみる。
「わぁ……! これは美味しいわ!」
「あ! 姉さまずるいです!」
続いてアリスも飲んでみた。
「こんなに美味しいものは初めて飲みました……」
「あの……よかったら一本持って帰られますか?」
メルシーがそう提案してくる。三人は即座に首を縦に振った。
「すっごぉーい! これがエリクシールかぁ! こっちはレヴァンティン!? それからこれがアヴァロンに消えたあの聖剣のオリジナル……! わ! ドラゴンハートまであるなんてぇー!」
マリスはめまぐるしい速度で首を動かしながら宝物庫の中を駆けめぐっていた。
その後をフォードはついて歩く。イリス達は結局メルシーにネクタールを頼み、リビングでちびちびとやっているのだろう。
そういうわけで、ここにいるのはフォードとマリスの二人だけだった。
「量より質、ってのはまさにこのことだねぇー。あたしなんかレプリカや贋作ばっかりだから、これだけモノホンやオリジナルが揃っていると感動すら覚えるねぇ」
「そんな、大したことないですよ」
マリスは記憶や記録の中にだけしか存在しなかった魔具や聖遺物、宝具の数々を見て自らの知識欲が満たされるのを感じた。
「こ、これはぁ!?」
マリスは一つのショーケースの前に張り付く。
小さな小瓶に入っている二粒の赤い結晶。とてもわずかな量ではあったが、それからはとてつもなく強力な魔力が感じられる。
「まさか……そんな……」
マリスは驚きと同時に恐怖すら覚えていた。それは……まさしく、賢者の石であった。
「これは入手するのに特に苦労しました」
フォードはマリスの隣に並ぶ。そして、ポケットから鍵を取り出すと、ショーケースを開いてその真っ赤な小石をつまみあげた。
「遥か昔、とある国の王が極秘裏に魔術師数百人を動員して作り出したもののようです。王は完成前に逝去したようですが、魔術師達は王の亡くなった後に完成させ、そして王を蘇らせることに成功した、という話が伝わっています」
「こ、これをどこで手に入れたのかにゃぁ……?」
「その王国の跡地ですよ。賢者の石とは呪わしい物質のようで、やはりその地も後に滅びたようです」
フォードに差し出されたので、マリスはおずおずと指を差し出す。
触れるだけで、抗いがたい魅力と強力な魔力を感じる。蒐集癖のある彼女は思った。この石が欲しい、と。
「にゃはは……。やはりモノホンは凄い魔力を感じるねぇ……」
思わず額から冷や汗が流れ出る。伝承通りならば、卑金属を金に変え、無限の命を与える霊薬を作り出す物質だ。これ一つで歴史すら変わるだろう。
「ですが、私はこれを壊そうと思っています」
フォードは呟くように言った。きっと彼も惜しいのだろう。
「この物質にまつわる伝承は私も知っています。これの使い方を誤れば命を失う可能性すらありますからね」
そう言うと、フォードは賢者の石をマリスから受け取って、ショーケースにしまった。ここならば安全だろう。マリスはショーケースのガラスに触れるだけで、強力なロックの魔術がかけてあるのがわかった。そして、さっきの鍵は魔術のかけられた錠だ。そう簡単には破ることはできない。
「君も伝承を知る人間なんだにゃー」
強力な魅力を感じる物質ではあるが、マリスも間違いなく同じ選択をするだろう。これはこの世界にあるべき物質ではない。
「さて、夕食にしましょう。今夜は我が家で食べていってください」
「お、気が効いてるねぇー。それじゃ、天上の世界の晩餐に舌鼓を打つことにするかなぁー」
「メルシーの作る夕食は最高ですよ。楽しんでいってください」
マリスとしては、あと何時間ここにいても飽きないだろうが、妹や姉達が文句を言うだろう。後ろ髪を引かれる思いで部屋を後にした。
こんにちは、ほーらいです。
今回は妄想大炸裂の回です。
色々とマジックアイテムの名前が大登場です。
一個ずつ解説していきましょうか。
まず、ネクタール。
これは神々の霊酒と呼ばれるお酒で、Wikipediaによれば『語源は古代ギリシア神話におけるネクタル(ネクタール、神々が常食とする生命の酒・不老不死の霊薬である薬酒・滋養のある飲み物)とされる。』というものです。
ギリシア神話に登場する神様がいつも飲んでるお酒はコレです。
さて、そろそろ次に進みましょうか。
続いてエリクシール。これは某四角社が出してる究極の幻想RPGに登場するエリクサーと同義です。
飲むことであらゆる病を治すという万能薬です。
歴史的には賢者の石とも同義と言われていますが、このお話では別のモノとして扱っています。
そしてレヴァンティン。
カタカナ表記では正確にはレーヴァテインと読むらしいです。綴り的にンの音が入るのはおかしいですからね。
色々なフィクション作品に登場する剣ですが、オリジナルは北欧神話に登場する武器で、その名は『害なす魔の枝』などと訳されています。
剣、とするフィクション作品が多いですが、実際の神話ではどんな武器かの記述かが少なく、実は剣ではなく杖なのではないかなどという説もあります。
色々な逸話の多い武器ですが、いろいろとWikipediaなどにお話が載っているので、読んでみてください。ここで説明してもいいのですが、キリがないので・・・。
そして、アヴァロンに消えた聖剣のオリジナルとは、まあこれは超有名ですね。伝説の剣の中でもっとも有名といっても過言ではないあの聖剣エクスカリバーです。
アーサー王伝説に登場する剣で、PCゲームのFateにも登場するヒロインの必殺技でもあります。やべえよセイバーマジ可愛い。桜も可愛い。イリヤはもっと可愛い。
さてお次はドラゴンハート。
これは某四角社のゲームに登場した武器の素材です。
伝説がどうとかってことは・・・ない、ハズ。
ちなみに映画は関係ないです。
竜の心臓を結晶化した存在で、ゲーム中では生命力を強化する効果があり、そしてドラゴンの対となるアンデットモンスターに有効という設定があった素材です(後者は設定のみで実際に効果はないです)。
そしてラストは7 アリスと虚脱でも登場した賢者の石です。
これはもう有名ですけど、錬金術の結晶といわれ、前述のエリクシールや仙丹と同義と言われた不老不死と無限の黄金を生み出す結晶です。
某錬金術漫画にも登場したことでその知名度はとても高いと思いますが、一応解説を。
不老不死やら金を作り出す物体といわれていますが、これって結局錬金術の目的の過程の一つなんですよね。
錬金術の最終目的は完全なる理想の存在となること。その過程として不老不死を生み出す賢者の石の精製があるんですよね。
そもそも、賢者の石というのは不完全な状態のモノを完全な状態に治し、完全なモノへと昇華させるという効能があります。
あくまでも、金を作るというのは『卑金属の病を治し、完全なる金属である貴金属を作り出す』という方法で金を作り出すわけであります。
結局のところ、賢者の石という物体は不完全を完全へと治す霊薬というだけであって、錬金術の目的ではなく手段でしかないわけです。ここのところを誤解している人が多いですが。
さて、あんまり詳しく語りすぎるとドン引きされるかもしれないのでここいらで次回予告行きましょうか。
突然の来訪にもかかわらず、最高の夕食を提供されてすっかり満足した三姉妹達はすっかりフォード邸に居着いてしまっていた。
特にマリスとリースドールは酒の飲み比べを始め、大騒ぎとなっていた。
「はぁ……。まったく私達、何しにここに来たのかしら」
そんな中、イリスは特大のため息をつく。この街へとやってきた目的を見失った姉妹に呆れてしまっていた。
ふと、そこへフォードがやってくる。
「楽しんでいただけていますか?」
イリスはフォードと話を始める。そして、酒の勢いもあってか、自分の悩みを打ち明けていた。
次話、18 イリスと悩み