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トリリスの娘  作者: ほーらい
始まりの街、序章
16/23

15 イリスと運命

第十五話


 イリスは傷悴した様子で森の小屋にたどり着いた。

 この家には……マリスがいない。

 いつも場を明るくしてくれた、あの元気な妹がいない。

 それだけでイリスは目の前が真っ暗になりそうだった。

 アリスに伝えることは辛かったが、伝えなければならないだろう。

 イリスは小屋の扉に手をかける。

「ただいま、アリス」

 ぎぃっと音をきしませて扉が開く。小屋の中は真っ暗だった。

「アリス?」

 イリスはぱちんと指を鳴らす。ランプに火が灯り、部屋の中が明るく照らし出される。

 イリスは懐中時計を取り出した。時間は既に十九時半。アリスならば食事の準備を始めてる時間だ。

 薬の調合に没頭しているのかもしれない、という考えは浮かんだ。

 だが、彼女の胸中をあの昼間と同じ不安感と焦りをごちゃ混ぜにしたようなモノが満たしていた。

「アリス!」

 イリスはためらうことなくアリスの部屋を開いた。アリスは椅子に座って作業台に向かっていた。

「なんだ……アリス、居たなら明かりくらいつけなさいよ」

 そう言う自分の声が乾いているのをイリスは感じた。そう、アリスは作業台に向かって薬を作っているだけなのだ。

 イリスは一歩一歩前へと進み、アリスの肩に手をかける。

 その瞬間、指先から氷のような感触が伝わってきた。

「ッ!」

 アリスの頬を触れる。それと同時に一筋の涙が頬を伝った。

「嘘……でしょ?」

 堅い。まるで石のように。冷たい。まるで雪のように。

 イリスはがくりと膝をついた。後から後から止め処なく溢れてくる涙。頬を流れる温かいそれが止まらない。

「ねえ、嘘って言ってよ……。アリス……アリス……ッ!」

 イリスはアリスの肩を握った。ゆっくり振り向いて、冗談ですよ、と言って彼女が笑ってくれるのを期待した。けれどもそれは儚い幻想で、夢で、虚構で――。

 彼女はアリスの座る椅子の裏で小さく膝を抱えて座り込んだ。

「誰だか知らないけど……上等決め込んでくれるじゃない」

 イリスはゆっくりと立ち上がる。

「私達をトリリスの娘だと知っての狼藉? 冗談じゃないわ」

 彼女はアリスの向かっていた作業台へと視線を向ける。

 ぱちんと指を弾いて部屋の明かりを灯す。

 そして、アリスが並べていた本を同時に何冊も開く。

 それらは石化に関する本や、白魔術、錬金術に関する本だった。イリスはこれらの本を同時に紐解く。この何冊もの本の中にアリス達を襲った魔術に関するヒントが載っているかもしれない。そう思うと、イリスは難しい高級魔術に関する書物も難なく読み解くことができた。

「マリスは言っていた。これは黒魔術じゃない、と。そして手に残されたAstrの文字。アリスの並べている本から答えを導き出せ。Astrの綴りのある単語を全て抜き出せば答えは自ずと見えてくる」

 イリスは何冊もの本を同時に目を通す。それでいて確実に単語を拾っていった。

Astrideまたがって,Astral(星のような),Astray(道に迷って)……Astrology(占星術)!」

 数日前に妹達は言っていたではないか。占星術で占ってもらった。そして場所はバロック通りだった、と。

「バロック通りで占いをしている少女がいる。そして、被害者全員がバロック通りを通っている! そして、占いをしている少女は相当の使い手ってマリスが言ってたわ!」

 可能性に過ぎないかもしれない。ただの偶然かもしれない。けれども、十分可能性としてありえる。

 証拠はない。動機もわからない。だが、何の光明もなかった今までに比べれば大きな前進だ。

 イリスは腰に差したスタッフの感触を確かめると小屋を飛び出した。一分一秒でも早く妹達を元に戻してやりたかったのだ。

 鬱蒼と生い茂る草を踏みしめながら、イリスは急いで街へと向かった。



 マリス達から占い師の少女の特徴は聞いていた。濃紺のローブに黒のカールしたセミロングの髪。それだけわかればどんな人物か想像はつく。

 街に到着したイリスはまっすぐバロック通りへと向かった。

 夜遅くだったが、相変わらずメーンストリートのバロック通りは人通りが多く、人を探すのは困難なように思えた。

 イリスは舌打ちを打つと、一度アトリエ商店へと向かうことにした。

 アトリエ商店はバロック通りに店を出している商店だ。すぐに店に入るとガストを呼んだ。

「あれ、イリスさん。どうしたんすか?」

「カールした黒髪、濃紺のローブの少女。探してくれる?」

「え、あ、まあ、いいっすけど……」

 ガストは父親に少女の様相を伝える。懇意にしている魔女の姉の頼みということもあって、店の若い衆が何人か駆り出されることになった。

 イリスは一度報告を待とう、ということになってアトリエ商店で待つことになった。

 その間、イリスは少女のことをガストに説明する。

「つーと、街で頻発してる石化事件の犯人がその占い師の女って可能性があるっつうことっすか?」

「あくまでも可能性ね。会って確認してみないとわからないけど……」

 イリスは出された紅茶のカップを傾ける。ガストも対面に座ってお茶菓子をぼりぼりと食べる。

「アリスまでやったってのは許せないっすね……。でも、イリスさん勝算はあるんすか?」

「なくてもやるわよ。トリリスを舐めた報いは受けてもらうわ」

 そう、イリスだって立派なトリリスの娘なのだ。妹達の仇を取る資格は十分にある。

「ガストさん。本人ではないですが、その少女の家を知っている、という人を見つけました!」

 一人の若い男がやってくる。

「一人で行くんすか……?」

「ええ。もしものときのために……二十四時間経っても私が戻ってこなかったら憲兵隊に連絡してくれる?」

「了解っす!」

 イリスは深紅のスタッフを腰から抜いた。今はマリスが作ってくれたこの杖と、アリスが調整してくれた神髄がとてつもなく頼もしく感じる。

 彼女は男が連れてきた女から少女の住んでいる場所を聞き出すと、まっすぐに向かった。



 その場所は街の裏通りのヘールズ通りにあった。

 街の中でも特に治安の悪いその場所にその少女は住んでいるという。

 だが、そんなことはイリスを阻む要因にならなかった。時折いやらしい目つきの男がイリスを舐めるように見たが、彼女から放たれる殺気に身を縮ませる。

 目的の場所はすぐだった。イリスはスタッフで扉を叩く。

「いるかしら? スタリア・アステリスクさん」

「いますです~」

 ちょっと間延びした声が聞こえてくる。ぱたぱたという足音が響き、扉が開いた。

 扉の向こうには背の低い、カールした黒髪の濃紺のローブを着た少女が立っていた。

「どちらさまです?」

「私はイリス・トリリス。あなたが占ったアリス・トリリスとマリス・トリリスの姉よ」

「トリリス……ああ、この前の人です!」

 黒髪の少女――スタリアは思い出したようで、ぽんと手を叩く。

「そのお姉さまが何の御用です?」

「石化事件のことで話があるの。少しいいかしら?」

 それを聞いて少女の表情が変わった。

「……少し散らかっていますが、上がってほしいです」

 スタリアはイリスを居間に通す。部屋の片隅には星占いの雑誌が山のように積みあがっていた。

「散らかっていてごめんなさいです。星占いが趣味なんです」

「あなたの趣味のことは聞いてないわ。今すぐ石化した人々を……妹達を元に戻しなさい」

「お話には手順というものがあるです。少し落ち着いてほしいです」

 少女はいそいそと台所へと向かい、お茶を用意する。

「はい、どうぞなのです」

「いらないわ。私がここに来た用事はただ一つ。石化した人々を元に戻すためよ」

 スタリアはそっと椅子に座る。

「あなたがやったんでしょう?」

「その質問には……はい、と言うしかないです」

 イリスは腰の深紅のスタッフを抜き放った。

「今すぐ戻しなさい! でないと……私は今にもあなたを攻撃して……」

「話を聞いてほしいです!」

 スタリアは大きな声でイリスの言葉を遮る。

 その迫力に圧されてイリスは一度口を閉じる。

「どこから説明ましょうです……。えっと、私の扱う魔術が占星術であることは知っているです?」

「ええ。妹達が騒いでいたわ。あなたが相当の使い手だってこともね」

「私の占星術は完璧です。それは確信を持って言い切れるです。だからこそ、私は視てしまったんです。とんでもない未来を……」

「とんでもない未来……?」

 スタリアはこくこくと頷く。

「この街は……いえ、この世界は近いうちに戦乱に飲み込まれるです」

「各国の力が均衡しているこのご時世に戦乱? ありえないわ」

「けれども、私には視えてしまったんです……」

「そんなの、王宮に言えば回避できるんじゃ……?」

「言いましたです! 私は元々王宮魔術師だったです! 王宮が……世界が戦乱に飲み込まれる未来を視て、王宮にその旨を説明したです! けれども、王宮はそんな未来はありえないと突っぱねたです。私は王宮魔術師の資格を剥奪されたです……」

「それと石化にどんな関係が……?」

 スタリアは欠けたカップを手に、ゆっくりと吐き出すように話す。

「私は二種類の魔術が使えるです。一つは星から人の未来を視る占星術。そしてもう一つはその逆、すなわち星によって定められた運命を書き換え、人の未来を変える星操術です」

「な……そんな馬鹿な魔術があるわけ……!」

 そんな魔術が存在すれば、それはもはや魔法と呼べる領域だ。その魔術をもってすれば全てを自由自在に操ることができる。

「星操術は……まだ不完全です。私には人の運命を書き換える力はないです。けれども、人の運勢の運行を止めることはできるです。それが私の唯一使える星操術……“星天停止サプレススター”です」

「つまり、あの石化はあなたの魔術で運勢の運行を止められた結果発生したってこと……?」

「その通りなのです」

 スタリアはカップを傾ける。

「でも、なんでそんなことをしたのよ」

「それは……この先起こる戦乱によって、私が占った人が死んでしまうのを防ぐためです……」

「死ぬ……ですって……?」

「運勢の運行を止めれば死ぬことはないです。戦乱が終わるまで運勢の運行を止めておけば死なないです。私は……一人でも多くの人を救いたいです! けれども、星操術を使えるのは生年月日を知っている人だけなのです……。だから、私の力だけじゃ少しの人しか救えないです……」

 アリスが、マリスが死んでしまう運命にある、ということがイリスは信じられなかった。

「冗談でしょ……? そんな……あの子達が死ぬなんて……?」

「私が占った人にはことごとく死相が出たです。この戦乱は多くの人々を巻き込んで、多くの人々が死ぬです。変えられない……未来なのです」

 スタリアの言葉は重みのあるものだった。イリスにはとても彼女が嘘を言っているようには思えない。これはきっと、彼女が視た真実、というモノなのだろう。

「……だったら、その視えた未来、というヤツを変えてやればいいのよ」

「……え?」

「私の生年月日は1825年8月7日。占いなさい」

「あ、はい、わかったです」

 スタリアは懐から水晶玉を取り出す。

「何が見えたかしら?」

「私から話を聞き終わって、傷悴しきった姿が見えるです。まっすぐアトリエ商店に向かい、この事件は解決できない、と男の子に言うです。そして、私によって石化させられるです」

「そう。あなたの魔術の発動体はその水晶?」

「そうです」

 イリスはスタッフをまっすぐ水晶へと向ける。

 頭の中で呪文をイメージし、唱える。

「!?」

 イリスのスタッフの先から稲妻が飛び出し、水晶を粉々に砕いてしまった。

「な、何をするです!」

「これでどうやって私を石化させるのかしら? あなたが魔術を発動するにはその水晶が必要なのよね。けれども、私がそれを壊してしまったから、あなたは魔術を発動することができない。よって、私を石化させることもできない。どう、未来なんて簡単に変えられるでしょう?」

 スタリアはしばらくの間ぽかんとしていたが、やがてくすくすと笑い出す。

「あなたは強引な人です。こんな方法で……未来を変えた人は初めて見たです」

「あいにく、私、定められた運命だとか天命って言葉、大嫌いなの。運命ってのは金魚すくいの網よりも薄いもの、って誰かが言っていたけどまさにその通りなのよ」

 イリスはスタッフを肩に担ぐ。そう、彼女はたった今運命を打ち破ったのだ。

「戦乱、ってのが何なのか知らないけど、そんなものは私が阻止してやるわ」

「あなたを……信じてもいいです?」

「任せなさい! 私はあのトリリスの娘よ! 私達三姉妹が力を合わせればできないことなんてないんだから!」

 しばらくスタリアは黙っていたが、やがて意を決したのか、強い決意の表情を浮かべて彼女は頷いた。

「……わかったです。あなたを信じるです」

 少女は口早に呪文を唱える。

「今のが運命の運行を止めていたキーを解除するワードです。これで皆、元通りです」

「あら、そっちは水晶がなくてもどうにかできるのね」

「つっかえ棒を外すのは簡単なのです」

 高級魔術はスタッフや水晶などの発動体が必須だが、強力な魔術師であれば簡単な魔術を発動体なしに発動させることができる。星操術を解く、という魔術はそういう簡単な魔術の一つだった。

「私の占い、初めて外れたです。今のあなたには傷悴しきった様子なんて欠片もないです」

「私は元気だけが取り柄だからね。私が落ち込むときは世界が滅ぶときよ」

 スタリアはその言葉を聞いて笑った。

「世界の行方、イリスに任せたです」

「どーんと任せなさい!」


 こうして、街を騒がせた石化事件は幕を閉じた。

 それは一人の少女が世界を守るためと思って唱えた、運命に抗うための必死の魔術だった。

 だが、イリスは目の前で運命をぶち破ってみせることで彼女の意思を変える。

 彼女はこの目の前の少女に全てを任せてみようという気になった。

 この世界が混沌に包まれるか否かは――トリリスの娘達の双肩にかかっている。


・・・こんにちは、ほーらいです。


やっと更新できました。本当にお待ちいただいた皆様、申し訳ありませんでした・・・。

言い訳をすると、とんでもなく長い話になるのであまりしませんが、一つ言うなら忙しかった、ということです。

詳しいことは活動報告にて。


このお話から物語は大きく進展していきます。

今までストーリー性が乏しかったこの作品に初めてストーリーが生まれてきます。


この先、お話は王都に移ります。

そこで三姉妹を待ち受けているものは何か。

戦乱はどうなるのか。

またしばらく更新できませんが、楽しみにしていてください。


では、次回予告を。


一行は王都のリースドールの元を訪れていた。

彼女ならば何か王都周りの話に詳しいと思ったからだ。

だが、リースドールも何もわからないと言う。

しかし、彼女は知り合いが何か知っているかもしれないと言う。

「王宮歴史研究家の資格も持ってて、頼れる人だよ。しかもカッコよくて優しくて、背も高いんだよね!」

彼女がそう言うと、三人は身を乗り出して言った。

「「今すぐ会わせて!」」


次話、16 アリスと迷子

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