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トリリスの娘  作者: ほーらい
始まりの街、序章
13/23

12 マリスと天才

第十二話


 一同はひとまず森の小屋まで戻ってきた。

 大声でわめくように泣くことはなくなったが、相変わらずリースドールはメソメソと泣いている。

「ほら、美味しいクッキーあるよ?」

「うん……ぐすっ……」

「あ、リンゴジュース出しましょう!」

「うん……ぐずぐず……」

「あー……特別にあたしのとっておきのケーキ出すよぉー」

「うん……ひっく……」

 三人はため息をつく。さっきからずっとこんな様子でまったく話を聞くことができなかった。

「ごめんよぉー。あたしもちょっとカッとなってやりすぎたよぉ……。泣いてばかりじゃあたしも困るからさぁー。ね、ほら泣きやんでぇー……」

「うん……えっく……」

 マリスは再びため息をつく。どれこもこれも効果がなかった。

「リース、これを見てご覧ー」

 マリスは一本のガラスの瓶と金貨を一枚取り出した。

 リースはゆっくり顔を上げる。

「この金貨、どう考えたってこの小さいガラス瓶の口から入らないでしょぉー? でもね……えい!」

 マリスが金貨をボトルの口に押し込み、そのまま力を込める。すると、高い音が響いて金貨がガラス瓶の中に入った。

「ほら、入っちゃったよぉー。すごいでしょー?」

「そんな……そんな子供騙し……ひっく……」

「ちなみにこれ、本物の金貨だよぉ?」

「ええ!? ちょっともったいないじゃない!」

 そこでイリスが反応する。リースドールは相変わらず泣きじゃくるだけ。マリスは三度目の特大のため息をついた。

「姉さまが釣れても……ねぇー……」

 マリスはガラス瓶をひっくり返してぽんぽん、と瓶の底を叩く。すると、今度は口から金貨が転がり出てきた。

「ええ!? 今どうやったの!?」

 イリスはマリスから金貨をひったくるとガラス瓶の口に押し当てる。しかし、まったく入る様子がない。

「だから姉さまが引っかかっても意味ないんだけどぉー」

 マリスは三度目のため息をつく。

「はい、リンゴジュースですよ」

 透明なグラスになみなみと満たされた黄金色のリンゴジュースが出される。

「それって黄金畑のリンゴジュース!?」

「そうですよ。本当はお祝い用なんですけどね。この際だから出しちゃいました」

「いいないいな! それ美味しいんだよね!」

「私達もせっかくのお客様が来たことですし、カルバドスを出しちゃいます!」

 アリスはグラスを三つ用意し、カルバドスのボトルを出す。

「お客さんがいるのにお酒なんか飲んじゃっていいのぉー?」

「お祝いは皆で分け合いましょうよ!」

「それ……お酒?」

 ふと、リースドールがカルバドスに興味を示したのか、顔を上げる。

「はい、高級シードルを数回蒸留して、更に樽で数カ月熟成させた上物ですよ」

 リースドールはグラスのリンゴジュースを一気に飲み干した。そして、がんっとグラスをテーブルに叩きつける。

「アタシにもちょうだい」

「え、でもこれ、お酒ですよ……? 子供にはまだ……」

「アタシだってお酒くらい……飲めるんだから……」

 ぶすっとした表情でリースドールは言った。

「注いであげなよぉー。飲むって言ってるんでしょぉー?」

「え、でも……」

「いいからいいからぁー」

 マリスはスタッフてこんこん、とカルバドスのボトルを叩く。アリスも諦めたのか、カルバドスのボトルを傾ける。

「はい、どうぞ」

 金色の透き通った液体が注がれる。アリスはそれを他の三人のグラスにも注いだ。

「それじゃあ、リースの来訪を祝って」

「「かんぱーい」」

 リースドールも少しだけグラスを掲げる。そして四人はグラスを煽った。

「え、これって……」

「アリスこれ……」

 マリスはアリスとイリスにめくばせをする。黙ってろ、という意味らしい。

「……美味しい」

 リースドールがぼそりと呟くように言った。

「もっと飲みますか?」

 リースドールはこくこくと頷く。

 アリスは上機嫌でグラスにボトルの中身を注いだ。

 金色の液体でグラスが満たされ、その様子にリースドールはうっとりする。

「まだたくさんありますからね。はい、クッキーもどうぞ」

 そう言ってアリスはクッキーの入った缶を差し出す。リースドールはそこからいくつかつまんで口に運んだ。

「美味しいですか?」

 リースドールは頷いた。その様子にアリスは満足したのか、にっこり笑う。

「ところでリースはどうしてこんなトコまでやってきたわけぇー?」

「マリス・トリリスに……勝ちたかったから」

「あたしに?」

 リースドールは頷く。

「アタシ、王都でいくつかの仕事を受けたの。でも、どれもことごとく失敗して……その度に、同じ天才でもマリス・トリリスとは違う、って言われたわ。アタシはマリス・トリリスに比べられるのが悔しかったの。だから、マリス・トリリスに……勝ちたかった」

 その日々を三人は想像してみる。行く先行く先全てで拒絶される彼女の生活。そしてその度に比較される名前しか知らない別の天才。きっと悔しかったのだろう。名前しか知らない魔女と比較されることが、天才としてのプライドを傷付けられたことが……。

「でも、戦ってみてわかった。マリス・トリリスは……本物の天才よ。アタシなんか比べ物にならない……本物の実力を持った天才」

「そんなことないよぉー。リースだって十分天才だねぇー。天星術なんて大魔術、あたしには使えないもん」

「でも、あんたはアタシの最大奥義を返してみせた。それだけでアタシの負けは確定よ……」

「んー、わかってないなぁー」

 マリスはぴんと指を立てる。

「アレの前に既に“王の息吹”を使ってるでしょぉー? 連続で撃ったら魔力だってすっごい減るだろうしぃー、私にはあんな芸当とても無理だねぇー」

「その“王の息吹”だって難なく避けて見せたじゃない」

「ああ、あれはハッタリハッタリ。“模擬人形ダミードール”っていう初歩的な騙し魔術。黒魔術の初歩の初歩だよぉー」

 それを聞いてリースドールはハッとする。“模擬人形”といえば、術者の身代わりを作り出す初歩的な黒魔術である。

「そんな初歩的な魔術に騙されてたんだ、アタシ……」

「にゃはは、自分で言うのもアレだけど、あたし“模擬人形”は大の得意だからねぇー。“分析ディテクト”でもされない限り偽物だってバレないよぉー」

「あはは……アタシ、その“分析”だってマシにこなせるか……」

 そのとき、イリスがリースドールの背中をばんばんと叩いた。

「自信持ちなさいよ。ここにもっと初歩の魔術しか使えないおバカな魔女がいるのよ? あなたなんて十分凄いじゃない。私十人足してもリースちゃんには勝てないわよ?」

「トリリスの……家系の魔女なのに?」

 トリリス家といえば王都でもそこそこ名の通っている家系だ。強力な高級魔術を操り、かといってそれに慢心せず、再三の王都からの誘いも断り続け、静かに森で暮らしている由緒ある魔女の家系だ。

「ま、トリリスの娘でもこんな出来損ないが生まれることだってあるんだからさ。ましてやそういう家系の出じゃないのに、リースちゃんはトリリスの家に勝てるほどの実力を持っているのよ? マリスみたいな規格外の化け物に勝とうとか、自分の苦手な依頼をこなそうだとか、無茶しすぎ。もっと自分の実力にあったことをしましょうね?」

「人のことを規格外だとか化け物だとかヒドイなぁー……」

「だって事実でしょ? こんなに何十種類もの魔術に精通して、なおかつ下手な専門家以上の実力を持ってる魔女や魔術師なんて王都でも何人いるか……。マリスはどう考えてルール違反よ」

「それを言ったら姉さまもルール違反だよぉー。トリリスの娘であるにもかかわらず、まともな魔術が何一つ使えないなんてありえないよぉー!」

「それ言うな妹よ……」

 がっくりとイリスは膝をつく。

「ま、並の天才ならアリスとの勝負がいいとこじゃないかなぁー? あたしはその……化けも……規格外らしいからぁ……」

 言い直す。化け物は許せなくても、規格外ならギリギリ許容範囲らしかった。

「え、え!? 私なんてそんな……」

「アリスも意外と強いよぉー? 専門は錬金術だけど、扱う精霊魔術のレパートリーはなかなかのモノ。水の精霊でさえ屈服させられる実力の持ち主だからねぇー」

「な、なんでそれを知ってるんですか!?」

「にゃははー、秘密ぅー」

 二人は狭い小屋の中を駆け回る。

 リースドールは思った。最初から比較すること自体が間違っているのだ、と。この魔女は自分の遥か上をいっている。たとえ、“王の息吹”を使っていなくても、全力の魔力を投入して倒しきれたかどうか。威力において最上を誇るはずの天星術をもってしても倒せない相手。これは……才能だけの差ではないはずだ。

 そう思うとマリスが遠すぎる存在ではないように感じられるようになる。途方もない努力を積み重ねてきたマリス。天星術以外はどうせダメだと諦めて何もしなかったリースドール。リースドールも努力をすれば、彼女のようになれるのだろうか。

「アタシ、頑張ってみる」

「ほよ?」

「頑張って、努力を積み重ねて、いつかあんたを追い抜いてやるんだから!」

 マリスはそれを聞いてにっこり笑う。

「若者はそれくらいの勢いがある方がいいんだよぉー」

「やだ、マリスったらババくさい」

「ふっふっふー。もうあたしは十分歳だよぉー」

「ふん、負けないんだから!」

 そう言ってリースドールはワンドをマリスへ突き付けた。



 リースドールが帰っていってから、イリスはこっそりマリスに尋ねた。

「あのカルバドス、何をしたの?」

「にゃはは、アルコールを抜いて、ちょっと元気の出る魔術をかけただけだよぉー。やっぱりまだ幼い子供にアルコールは毒だからねぇー。成長を阻害するよぉ。あの子にはもっと大きくなってもらわないとねぇー」

 イリスは笑いを浮かべ――

「ふふ、やっぱりマリスも子供扱いしてたのね」

「まあねぇー。でも、あれくらいの子供のためには障害物を取り除いてやるのも大人の仕事だよぉー」

「ふふふ、大人ってまだあなた二十歳にもなってないじゃない」

「にゃはは、まあ細かいことは気にしにゃーい」

 一波乱あったものの、今日もおおむね平和なトリリス家の午後であった。


こんばんは、ほーらいです。


最近どうもトリリスを書いてません・・・。

まだ書き溜めはあるのでしばらくは大丈夫ですが、このままだとヤバイですね・・・。

最近はどうもSE大賞に出そうとしてた作品の方に手がいってしまって・・・。

早くトリリスも書いてあげないとなぁ・・・。


本編の話ですが、やっぱりリースは楽しそうにはしゃぐ姿が一番似合ってますね。

でも、めそめそしてる姿も可愛・・・ゲフンゲフン。

それにしても老成した少女ってなんかいいと思いませんか!

・・・ババァって言ったヤツ、表出ろ!


次回予告


アリスはいつも通り薬を売りに街へとやってきていた。

街の通りを歩いているとき、彼女は一人の少女に呼び止められる。

「占い、って興味ないです?」

そんな彼女の一言がまさかこれほどの大事に繋がっているとは誰も予想することができなかった。


次話、13 イリスと占い

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