握り金玉
握り金玉
ふところ手のまま、何もしないこと。
握り金玉
ふところ手のまま、何もしないこと。
「一体、こんなところに我々を集めてどういうつもりだ!」
「そうよ! この中に殺人犯がいるかもしれないっていうのに!」
食堂に集められた彼らは、体裁を繕う姿勢を見せることもなく、次々に不満を口にした。しかし、名探偵と呼ばれる赤地は、投げかけられる不満を歯牙にもかけず、集まった面々の顔を見回す。
「どうやら、全員おそろいのようですね」
「おいおい、人をそっちの都合で集めておいて、その態度はないだろう」
ひときわ背の大きな男が、慇懃無礼な態度に腹を立てた様子で、眉をひそめた。
「失礼。ただ――この事件の真犯人が判明しましたので、一刻も早く皆様にお知らせしなくてはと思いまして」
探偵赤地の言葉に、会場の空気がざわめきだつ。
「真犯人だって!」
「馬鹿な、あれは誰にも不可能な犯罪だと言ったのは君じゃないか」
「そうだ。確かにあの事件が起きたとき、我々の姿は全員防犯カメラに映っていた。そこで、誰も不審な行動をしていないことは、あんたも確認していたじゃないか」
集められた人々は、おのおの言いたいことを言いながら、探偵に詰め寄る。
「ええ。確かに、私はあの映像を見て、不審な点はないと言いました。しかし、一見何も不審な点のないあのビデオの中に、確かに犯行の瞬間が映っていたいのです」
探偵赤地は懐からリモコンを取り出し、食堂のテレビの電源をつける。そして、レコーダーの再生ボタンを押し、あの惨劇が起きた瞬間の映像を映し出す。
「このとき、防犯カメラが事件の一部始終を記録していたのは、犯人のミスなどではありませんでした。狡猾な犯人は、この部屋を防犯カメラが撮影していることを知りつつ、それを自らのアリバイに利用したのです」
集められた人々は、驚きとおびえを交えた表情で、お互いの顔を見た。探偵の言うことが確かであるのならば、ここにあの事件の犯人がいるのだ。
「ここに確かに犯行の瞬間が映っていましたよ。犯人はあなたです――小林さん」
「なっ!」
探偵に指を指された小林は、驚愕に上半身をのけぞらせた。
「な、何を言っているんだ、探偵さん。あんたも確認したじゃないか。俺はこの事件が起きる前後、ずっと握り金玉だったんだぞ」
小林はテレビの中の自分を指さす。確かに、ポケットに両手を突っ込んだまま、握り金玉の状態を崩さない彼の姿がそこにあった。
「両手が使えないのに、どうやって俺は犯行ができたっていうんだ!」
小林の言葉に、集められた人々は同意するように頷く。
「た、確かに、ずっと金玉を握っているようにしか見えないぞ」
「握り金玉でどうやって犯行をするっていうのよ」
しかし、探偵赤地はその反応を予想していたように、小林の股間を指さした。
「そう。確かに、あなたはずっと握り金玉の姿勢でした。しかし、握っていたのは、金玉ではない。リモコンだったのです」
「な、なんだって!」
人々の視線が小林の股間に集中する。すると、小林は苦々しく笑いながら反論をする。「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。飛躍しすぎじゃないですか。この体制で握れるものなんて、金玉しかないじゃないですか」
「……えぇ。それがあなたの狙いだったんでしょうね。この体勢で握るのは、金玉しかないと。常識的な人間なら、そう必ず思い込んでしまう。そして、あなたはその思い込みを利用したのです」
「くっ。だったら、それだってあなたの思い込みだろう! 第一、リモコンを使ったというのなら、他の人だって犯行が可能だったはずだ」
小林は周辺の人物を回りながら指さす。指を指された人たちは、顔の前で手を振ったり、首を振ったりして、否定の意思を示す。
「第一、私がリモコンを使ったという証拠はあるのか!」
「ありますよ。この映像の中にね」
探偵赤地は悠然と小林の反論を迎え撃つ。
「私が違和感を覚えたのは、この宿に着いた初日、大浴場であなたと一緒になったことを思い出したときでした」
言いながら、映像の中の小林の股間を指さす。
「大きすぎるんですよ。あなたの股間が、ここまで膨らむはずがない。だとすれば、ここにはあなたの陰茎以外のものが入っていたはずだ」
「馬鹿なことを言うな! そんな理由で人を犯人扱いするのか!」
「……意外と我々は気にせずに過ごしていますが、この映像にあるくらいに股間を盛り上げるためには、そうとうなチン長が必要なのですよ」
探偵赤地は、集まった人々の中で、一番身長の高い男を指さす。
「この中で一番チン長が大きなのは、前田さんです。前田さん、申し訳ないですが、勃起してもらえますか」
「え、あぁ。こうか」
指さされた前田は、戸惑いながらも勃起した。ジーンズに包まれた股間が盛り上がっていく。
「あ、確かに、この映像の盛り上がりは、これくらいの大きさだわ」
このメンバーの中での紅一点、有川が映像と目の前にある前田の股間を見比べて、そう言った。
「失礼ですが、前田さん、あなたの最大チン長はどれくらいですか?」
「えっと……ちゃんと測ったのは高校生の頃だけど、たぶん二十センチくらいだったと思う」
みんなの視線が前田の股間に集中する。
「お、大きい」
「でかいと思っていたが、そこまでとは」
「ええ、そうでしょうね。聞けば前田さんは、キングアナコンダの異名を持つほどの巨根の持ち主。そして、この映像の中の小林さんの股間の膨らみは、キングアナコンダクラスです。しかし、大浴場で見たあなたの陰茎は、最大膨張率を考慮したとしても、ここまでの大きさはなかった!」
人々の視線が前田と小林の股間を行き来する。そして、数秒の沈黙が訪れた後、小林が不意に口を開く。
「まいったな。降参だよ、探偵さん。確かにその通りだ。認めるよ」
諦めた口調で小林は言う。しかし、その瞳に不敵な光があることを探偵赤地は見逃さない。
「と、ということは、犯人は小林さん」
有川が口を押さえながら、小林を指さす。しかし、小林は不敵な笑みを浮かべてみせる。「確かに、認める、と言いましたけれどもねえ……認めるのは、私の陰茎の小ささですよ。やれやれ、本当にひどい探偵さんだ。そんな風に人のコンプレックスをさらして楽しいですかねえ」
「なっ」
「え?」
有川と前田が、理解できない、とばかりに小林の顔を見た。この男のどこに勝ち誇る要素があるのか、と。
「シークレットブーツならぬ、シークレットパンツ、っていうのがあるのを知っていますか? 私はねえ、小さい頃からずっと自分の陰茎が小さいのがコンプレックスでねえ。それを隠すために、シークレットパンツを使っているんですよ。特に、高校からの付き合いである前田が、キングアナコンダなんて呼ばれているから、余計にねえ」
小林は、わざとらしい仕草で前田の股間を見る。
「シークレットパンツ、ですか。しかし、今のあなたの股間は」
「いや、しょうがないでしょう。だって、寝起きに急にここに集められたんだから。シークレットパンツをはく暇がなかったんですよ。まさか、そんなものをつけてねるわけにもいかないし。あぁ、そうだ。私の部屋を調べてもらってもいいですよ。ちゃんと私が愛用しているシークレットパンツがありますので」
勝ち誇った様子で小林は胸を張る。
「ですが……そう、この場面。ここの映像で、明らかにあなたはポケットに突っ込んだ手を動かしているのが」
「あぁ。これですか。はっきりとは覚えていないんですけどねえ。蒸れてかゆかったのか、それともチンポジを直していたか……何にせよ、そんなおかしなことですか?」
小林の反論に、探偵赤地は反論すべき言葉を探している様子だ。
「――しかし、陰茎位置を修正するふりをして、リモコンを操作しているという可能性も」
「しつこいですねえ、本当に! シークレットパンツですよ? そんなリモコン機能なんてあるわけがないでしょうが。馬鹿馬鹿しい。探偵だがなんだが知らないけど、そんなに犯人をでっち上げたいのか!」
パン、と小林は威嚇するように、食堂のテーブルをたたいてみせた。これ以上疑惑の追求はできない、と確信した笑みを浮かべている。
「リモコンなど、なかったと」
「ない! くどいなあ。あれはシークレットパンツだ!」
「――その発言を待っていました。あなたが自分が犯人であると認める、この瞬間を」
「え?」
探偵赤地は、先ほどまで狼狽していた様子が嘘であるかのように、落ち着いた声で、しかしはっきりと言い切った。そして、レコーダーの映像を巻き戻す。
「この防犯カメラは、暗闇でも映像を記録できる赤外暗視カメラというものです。通常のカメラとの違いは、赤外線が映ること。つまり、あなたが陰茎位置を修正していると言っている、この瞬間を見てください。よく見ないと気づけないものですが、この一瞬、あなたの股間から発射される線のようなものが映っていませんか?」
「そうか、リモコンの赤外線か!」
探偵赤地の言葉に、股間から伸びる線を確認した前田が得心した声を出した。
「一瞬のことですから、よく見ないとわからないですが、しかし、はっきりとこの映像の中に映っています。あなたは確かに、リモコンなどない、と断言しました。では、これはどう説明しますか。それとも、あなたの陰茎からは赤外線が出ると強弁しますか」
「ぐっ、くう」
小林はうなる。
「確かに、ちんこから赤外線は出ないわ」
有川の言葉に、その場に集められた一同が同意した空気があった。
「……私の負けだよ。探偵さん。うまく、あんたたちをだませたと思ったんだけどなぁ」
小林は力なくうなだれながら、自らの罪を認めた。
「股間にリモコンを仕込んで操作するという、このトリックは非常に簡単なものでした。しかし、握り金玉の姿勢で握るのは金玉しかないという思い込みをあなたは利用した。心理的な壁で、あなたは我々の目線を隠した。私だって、あなたの陰茎の大きさを知らなければ、このトリックに気づくことはなかったかもしれません。握り金玉は金玉を握る――その常識を利用した、恐るべき心理トリックでしたよ」