6 輝子先生のプラン
輝子先生は事務所に帰るとすぐ、30分くらいでくるくるとスケッチを描いてしまった。
輝子先生のスケッチには、ダイニングの南側に少しだけ張り出すようにリビングを増築して、そのリビングに取り付くように少しずつずらした3つの子ども室が描いてあった。
子ども室は正方形に近い形で、けっこう狭い。収納は作り付けで、ベッドと机が入ったらもういっぱいっていう感じ。
まあ、リビングは広くなるから、遊ぶのはそこでできるけど・・・。
今の2つの子ども室は真ん中の収納を取り払って1部屋にし、ピアノのレッスン室にする。なるほど、こうすればあのやたら演出的な階段も吹き抜けも活きてくるかも。
レッスンに来る生徒さんには、いい気分の演出になるかもね。
聡くんの部屋は納戸に戻して収納スペースは増えるし、今ピアノが置いてある部屋は元どおりリビングに戻る。南のちょこっと増築と合わせて、リビングは劇的に広くなった。
これが「いい案、思いついちゃった」っていう輝子先生の案ですか!
さすがです! 輝子先生!
あれ? でも「危険水域」っていうのは?
「輪兎ちゃん。これ、すぐ図面化してね。明日、打ち合わせで決めてくるから、輪兎ちゃんは工事業者に渡せる図面、どんどん進めておいてね。あ、それから、ひだまり工務店の梶本さんに電話して、大急ぎで見積もりして取り掛かってほしい増築工事があるからって言っておいてねぇ。」
え? え? なんですか? そのスピード感。
打ち合わせには同席せずに、ここで図面描いてればいいんですか? いや、だいたい、このまま何も変えずに一発OKになるかどうか分からないでしょ?
たしかに、すごくいい案だと思いますけど。でも、相手のあることだし・・・。
先生はそんなわたしの表情を読んだんだろう。
「大丈夫よぉ。これ以外ないっていうくらいの案だから、これで決めてくるからぁ。輪兎ちゃんは気にせず、どんどん図面書き進めておいて♪」
翌日、簡単な模型まで作って輝子先生は出かけていった。
気合い、入ってるぅ。
でも・・・。「危険水域」って、何だったんだろう?
それが、これだけ急ぐ理由・・・ですよね?
* * *
輝子先生はどうやらかなり強引に押し切ってきたらしい。本当に、そのままの形で、図面を直すこともなく梶本さんに渡すことができた。
「住宅は『作品』じゃない」とか言ってたけど、やっぱり輝子先生も建築家だよ。これだけの案ができちゃうと、そのまま作りたくなるんですね。(*´艸`*) ププ。。
梶本さんも頑張ってくれて、おおむね予算に合う見積もりを出してくれたので、話はとんとん拍子に進んで11月には増築工事が始まった。
増築部分が終わって子どもたちが新しい子ども室に引っ越してから、ピアノレッスン室の内装に移るという2段構えの段取りだ。
住んだままでの工事になるので、子どもたちは毎日大工さんの仕事を見ることができる。
模型を見せてもらったからか、子どもたちはすごく期待しているようで、珍しく聡くんまでテンション高めではしゃいでいた。
「学校からソッコーで帰ってくるらしいですよ。」
真一さんも目を細めてそんな子どもたちを眺めている。
「大工さんの邪魔にならなきゃいいんですが。」
「あんまり現場の中に入らないでね。危ないから。」
わたしは子どもたちが怪我でもしたらと気が気でない。
「まあ、こういう大工仕事は今どき珍しいだろう。刃物だけは触ンなよ。」
60代の棟梁、中元さんが嬉しそうな顔で言う。大工棟梁も、子どもたちが興味津々で見てくれるのは嬉しいんだろう。
中元さんが出したふわっふわのカンナくずを風になびかせて、聡くんと碧ちゃんが庭を走り回っているのが印象に残った。
子どもの時にこういう経験できるって、素敵だよねぇ。
増築工事はお正月をまたいだが、1月末にはほぼ完了した。
この後は、2階部分の工事に移る。
ただ、わたしには疑問が残った。
2階の子ども室だった部屋は、収納部分を取り払って、ピアノを載せるから床を少し補強するだけだ。
建物全体を補強するような工事じゃない。1階の増築だって、建物全体の補強になるような工事じゃない。
いったい、この建物のどこが「危険」だったんだろう?
わたしは工事が始まった頃、輝子先生に一度尋ねてみた。
「この建物の、何がそんなに危険だったんですか?」
「まぁだ内緒。工事が全部終わったら教えてあげるわぁ、輪兎ちゃん。」