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5 輝子先生の懸念

「南への増築と吹き抜けの床を両方やるとなりますと、とてもおっしゃる予算ではできないと思います。」

 輝子先生は、いつもの、ほにゃ、とした顔に戻ってそう言った。


「そんなにかかるものなんですか? 吹き抜けに床作ることって。」

 建築は素人の真一さんは、意外そうな顔でそう訊いた。


 わたしだってそう思いますよ?

 基礎作って、屋根もかけて、っていう増築に比べたら、吹き抜けに床作るくらいは・・・。少しだけ予算を増やせばできるんじゃ?


「あそこに床を作るだけ——って思われがちですけど、意外に費用かかるんです。」

 そう言って輝子先生は構造図面を広げた。

「床を作るためには、ここからここへ梁を架けなければなりませんが・・・」

 先生は図面の吹き抜け部分を指でなぞる。

「その梁は結構大きなものが必要になります。その梁を架ける先の既存の梁が小さいので、壁を破って補強しないといけなくなるんです。かかりますよぉ。」


 改めて構造図を見ると、確かに新しい梁を架け渡したい既存の梁はせいが小さい。

 でも・・・。片方には下に柱があるし、そんなに大変な工事になるようにも見えないんだけど・・・。

 ただ、輝子先生にはわたしに見えてない何かが分かっているのかもしれないので、わたしは余計な口を挟まずに聞いているだけにした。


「さらに、部屋にするためにはサッシを居室用に取り替えなくてはならないんです。そうなると、そこだけじゃなく外壁を一定区間作り替えなければならなくなるんです。この家の外壁はガルバリウムとかじゃなくて左官工事で仕上げてありますから。」


 あ・・・。そこ、わたし見てなかった・・・。

 左官の壁では、サッシを取り替えた後の雨仕舞い(雨が室内に入らないようにすること)をちゃんとするにはキリのいいところまで全部塗り替えないといけない。


「たしかに聡くんの部屋は、部屋としてはちょっと何なんで・・・。ちゃんとしてあげないとかわいそうなんですけど・・・。でも、吹き抜けを優先すると、リビングの広さを確保するための増築の予算がなくなってしまいそうなんですの。」


 今沙良さん夫婦は困った表情になった。

「う〜ん・・・。リビングが狭いままっていうのはちょっとなぁ・・・。聡の部屋、せめて真里たちと同じように作り付けの収納くらい作ってやれないかなぁ。タンスじゃなくってさ。あの部屋の荷物、なんとか寝室のクローゼットの方に入らない?」

「無理だと思うわよ。今だって服も取りにくいくらいいっぱいなんだもの。」

「少し服、減らせば?」

「お勤めしてたら、そうはいかないわよ。男の人と違うんだから。それに、毎日同じ服着てったら、学生がなんて言うと思う?」


「あのー・・・。」

 少し言い合いになりかかった今沙良さん夫婦に、輝子先生がそろっと声をかけた。

「少しアイデアが浮かんだので、スケッチしてみたいと思います。ちょうど明日空いているので、明日お持ちしたいんですけど・・・。明日はご予定、いかがですか?」

「明日?」

「1日でできるんですか?」

「ええ。ちょっと予算プラスアルファ程度でできそうな、いい案思いついちゃったもんですからぁ。」

 そう言って、輝子先生はちょっと口元を手で押さえた。


「え、ええ。そういうことでしたら、明日の午後半休とって家にいるようにします!」

「わたしは明日授業ないから、大丈夫です。」


「それでは、明日の午後2時過ぎくらいにお邪魔いたしますわ。」

 輝子先生は、ほにゃ、と笑った。



 その帰り道だったのだ。輝子先生が真剣な顔であれを言ったのは。

「急ぐわ、輪兎ちゃん。すでに危険水域に入ってる。」


 え? なんですか? 危険水域って・・・。

 輝子先生は、あの家でいったい何を見たというのだろう?


 構造上の大欠陥でも見つけたとでもいうのだろうか? 建物が倒壊するような兆候でもあったというのだろうか?

 それならなぜ、あそこで今沙良さんたちに言わなかったんだろう?


 わたしには、何も見えなかった・・・。



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