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4 フレキシブルな仕切り

 輝子先生は1階はそこそこに、すぐ階段を上がって2階へと上がっていった。


 わたしはその後ろについてゆくのだけれど、上がりながら見る階段と玄関の吹き抜け風景はちょっと寒々とした感じがした。

 なぜだろう? と自分なりに考えてみる。

 そういう積み重ねが良い空間を創る肥やしになっていくんだ、と輝子先生からも言われているのだ。


 1つには玄関ドア上の壁に並べられた縦長のスリット状の明かり取り窓が、北側の光だからかもしれない。

 高い位置にあるそれらのスリット状の嵌め殺しガラスの窓は、掃除がやりにくいからだろうか汚れたままになっている。

 それが少し裏寂しい感じを出しちゃってるのもあるかもしれないな・・・。掃除のことも考えて——と輝子先生がいつも言ってるのは、こういうこともあるのかもしれないな。


 階段を上がってすぐの北側に、2階のトイレがあった。わりあい広くて、中に小さな洗面が付いている。

「こちらが子供室になります。散らかしてますけど。」

 そう言って朋美さんが幅広の引き戸を開けた。開けるとすぐ80センチほど先に幅1mくらいの壁があって、その壁の奥が両側からそれぞれ使える収納になっている。それが部屋の中央にある。

 つまり収納で分けられた4畳くらいの2つのスペースが子供部屋だ。図面にあったとおりだ。それぞれにベッドと机が置いてあって、ぬいぐるみなんかが床にいくつも置いてあって女の子の部屋らしい。


「もお、散らかしてぇ。右が真里まり、左がみどりの部屋です。元は左をさとしが使ってたんですけどね。碧が小学校に上がる時、『部屋がほしい!』って言うもんですから。ここ、ほら、出入り口1つでしょ。これから大きくなることを考えると女の子同士で使った方がいいかと思いましてね。」

 そう言って腕組みした朋美さんの説明に、ご主人の真一さんが言葉を継いだ。

「ところがリフォームするかも、って言ったら、あの子たちここにも1部屋づつ扉つけてほしいって言うんですよ。上のお姉ちゃん、真里が中学生になって、これから受験勉強も始まるからって。」

「碧はお姉ちゃんの真似がしたいだけなのよ。甘えん坊で、お姉ちゃんにもお兄ちゃんにも甘えてばっかり。でもこれからは真里も勉強に集中したいでしょう。」


「聡くんは今、どこに?」

 輝子先生がそう訊くと、真一さんは廊下の北側の部屋の扉を開けた。

「今はこっちがお兄ちゃんの部屋です。」


 そこはなんだか窓の小さい殺風景な部屋で、机と本棚とベッドの他に大きなタンスも置いてあり、他にもいろいろごちゃごちゃした物が置いてあった。


 わたしがちょっと怪訝な顔をしたのをすぐ察したのだろう。真一さんが言い訳みたいな説明をした。

「元は納戸だったんです。できるだけ要らないものは処分して、私たちの寝室のクローゼットに入れられる物は入れたんですが・・・。何しろ収納が少なくて。窓も含めてこれもなんとかしてやりたいんですよ。本人は大丈夫だって言うんですがね。」


 寝室はわりと広かったが、ベッドはダブルではなくセミダブルが2つ置いてあって、その間がスライドの建具で仕切ることができるようになっていた。


 え? 夫婦仲、良くないの?


「2人のシフトや生活時間が合わないことが多いものですから。」

 たぶん誤解されただろう、という顔で真一さんが説明を加えた。

「夫婦仲はいたって円満ですよ。時間の合う時には引き戸を開けてどちらかのベッドに移れるよう、ベッドは寄せてあるんです。」

「ちょっと真ちゃん。そんなプライベートまで言う必要ないでしょ?」

 おしどり夫婦のそんなやりとりにも、輝子先生はちょっと微笑んだだけだった。


 どうしたんだろう? いつもの輝子先生じゃない。

 

 真一さんは大手家電メーカー本社の研究部門にお勤めで、朋美さんはわりに名の通った音大の准教授なのだそうだ。

 2人とも時間が不規則なので、どちらかが寝ている時に帰ってきても大丈夫なように、こんな仕切りを付けたのだということだった。

 間仕切りをある程度フレキシブルにして、状況に応じて使い分ける、というのは真一さんの発案だったらしい。

 それが1階の居間では裏目に出た、ということのようだ。



 再び1階のダイニングに戻ってくると、子どもたち3人が家の中に戻ってきていた。テーブルの図面を開いて、打ち合わせの真似ごとをしている。

「こらこら、お話の邪魔になるから2階に行ってなさい。」

「はあーい。」

「はあーい。」

 口々に返事をして階段室に行こうとする子どもたちに、輝子先生はいつもの、ほにゃ、とした顔で声をかけた。

「何か、困ってることあぁる?」


「部屋にちゃんとした扉、付けてほしい!」

 いちばん上の真里ちゃんがすかさず言うと、末っ子の碧ちゃんも続いた。

「みどりも、トビラつけてほしい! お兄ちゃんばっかり扉のある部屋だもん。」

 聡くんはちょっと苦笑いに近い微笑みを浮かべている。

「聡くんは、何かなぁい?」

 聡くんは輝子先生から名前で呼ばれて、ちょっとびっくりしたような顔をしたが、すぐに微笑みを浮かべて答えた。

「あ、ぼくは、特に・・・。」


「お兄ちゃん、碧たち上に連れていって。先生のお邪魔になるから。」

「はあい。ほら、碧。2階でゲームするよ。」


 子どもたちが2階に行くと、真一さんはまた平面図のところを開いて言った。

「あの玄関の吹き抜け、実はあんまり気に入ってないんですよ。あそこ塞いで、新しい納戸か聡の部屋にしてやることってできませんかね? 南にリビングを広げるような増築と合わせると、予算足りないですか?」


「そうですね。」

と言ったあと、輝子先生の返事はわたしにはちょっと意外なものだった。

「南の増築だけなら予算に納まりそうですけど、吹き抜け潰して部屋にするのは意外に費用かかっちゃうんですのよ。」


 え? 基礎工事もある増築より、吹き抜けに床作るだけの方が高いの?



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