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逆回りの時計・3

 つかみ損ねた遠い幸福のかたちに似た家を、通り過ぎる。道端に子どもの姿はごくわずか。滅多に見ない車を一瞥し、また、それぞれの世界へ没入し、大人の世界から離れていく。


 慎重にハンドルを切り返し、バックで家の敷地へ入っていった。帰ってくるであろう眞波に、すぐにおれの存在を知らせるためでもある。シャッター付きの車庫の出入り口を塞ぐかっこうで、しっかりと止めた。


 どこか色あせたような青の空。間近の雲はおれのきた道からついてくるもの。見上げた二階にも人の気配はなく、静まり返って、閉ざされたカーテンは遮光性。一階にも誰かがいる様子はない。


 おれはここで加瀬になろうとした。


 他人の寄せ集めが、自分で択びとった運命を通して、家族になろうとした、あの頃を夢にみた。


 だが、こうなって初めて気づいた。生まれつき背負わされた荷は、血の紐帯によって、おれに括りつけてあったのだと。それを解くことができたのは、認められなかった血族の一人だけだった。


 玄関のドアノブにかけるはずの手が、宙で止まる。


 数えられなかった存在、確かにあったはずのもの、なかったことにされたもの、それらだけが、この一族を、宿命の外へ連れ出すことができるのだ。


 だとしたら、祠はなんなのだ。どうして、頼子は、それを新たに建立することができたのか。祀られていたものの正体を知っていたからこそ、できた話ではないか。跡取りだけが祀ることができる。あれは……。


 背後の雲と太陽が、入り混ざった影を落としてくる。気づいてはならないものが、世の中にはある。おれは音をたてぬよう鍵を開けて、中に入った。静まり帰った室内。当たり前の話。出迎えるおれの香水瓶。今度は、空の瓶をインテリアとして飾ってあるだけだった。


 リビングへのドアは音もなく開いて、向こうにあるガラスのテーブルには、汗をかいたアイスペール。グラスは二つ。飲み干したつもりで、溶けた氷が水になって、残った淡い琥珀色。


 おさまるべきところにないクッションが、ひとつはソファーに、もうひとつは床に落ちたまま。乾ききった小皿にこびりついたチーズのかけら。


 戸棚に並ぶ趣味の良いウイスキーたち。おれ以外の誰かが選んで、そこへ置いていった、素敵なもの。過去に、ここへ戻ってきたとき、あったナイトガウンは影も形もない。


 それでも、この家に潜んでいるのだけはわかった。二階から音がする。耳をそばだてて、動向をうかがう。


 カーテンを開けず降りてくれば、出窓からわざわざ外を確かめない限り、おれの車は死角に存在する。息をひそめ、暗くなり始めた空模様と同じ色の影になって、おれを除け者にした、愛の暮らしを待ち構える。


 おれには、眞波ともう一つの世界を築いている男が誰なのか、心当たりがあった。


 きっと方俊だ。


 かれならば、一目でおれと別人だと疑われる特徴を持っている。そしてここの主人としての雰囲気は充分。

 

 なにより、寺での眞波への態度は、昔、二人が男と女だったと言っているようなものだった。三好は、過去を握られていたのであろう。おれの監視役だったに違いない。この関係を隠しとおすためには、見張りは欠かすことはできないのだから。


 もしそうだったとしても、真っ向から抗う術はない。なにかあれば、おれの立場など、会社ごと吹き飛ばされてしまう。かといって、大っぴらに認めるわけにはいかない。異常な関係に巻き込まれるのだって、ごめんだ。


 ここに至ってどうしようもない。自分自身の非力さを噛み締めるだけの、暗い午後。


 開き始めたドア。のぞく人影を、まっすぐに見た。


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