夢の棲む家・2
離れの縁側の端から外に出る。
竹林が終わる。誰の目にもうつらない場所。
小さな石の祠がいよいよ神さびてそこにあった。
何が祀られているかは誰にもわからない。古くは石倉の分家であった五百旗頭に、祭祀を許したという経緯がある。手順通りに封を解く。そのやり方は、五百旗頭の後継者と、石倉の者しか知らされない。
現在、この世でそれができるのは、波留とおれだけなのだった。
身を切るような寒さ。おれは手を合わせる。何のための祈りなのか、自分でもわからない。
風の音は止まり、すべては遠く、胸のうちの強い真空のような何かが、一切の出来事を閉じ込めてしまうかのようで……。
ふと気がつくと、はらり一葉、最後の晩秋が散り終えた。
曇り空のかなたにとどまる寒さをみとめて、向かい合う。
そこにはもう夢を描く余地などなく、誰かの絵の具の落ちた跡で汚れてしまったかのようだった。空は凍りついた涙を集めて、それを洗い流そうと構えている。
元通りに封をした後、戻っていく。
離れの内側に決して暖かさはない。ただ風をしのげる。その目的だけでおれは柱にもたれかかり、座るのだった。気怠さが体中を駆け巡る。白と黒。掲げられた遺影たち。おれは過去に取り囲まれ、つい、目を閉じてしまう。眠りとはいえない、視界の遮断で他の感覚が研ぎ澄まされている。母屋から近づきつつある、軽いきしみは何だろう。確かにおれのもとへ向かっている。まどろみに留まり続けて動けない。障子の桟を二度ほど叩いた後、誰かが入ってきた。
ここでおれは重い瞼を開く。見上げると、そこには、五百旗頭さなえがいた。
「おや、来ていたのか。わたしがいると、よくわかったね」
「香水のせいよ。すぐにわかるほどつけているから」
「ほう。わたしの香りと、すぐに……ね」
にっと笑ってみせると、さなえは急いで目を逸らした。
「お客様がお呼びよ」
「長一郎先生もいるのかな」
「長一郎伯父様がいらっしゃるのは当然でしょう。どなたのお屋敷だと思っているのよ」
「波留のものだね」
さなえはため息をついた。
「お礼を言いたいのですって。入る時案内して差し上げたのでしょう」
「残念ながら、すでに石倉は帰ったあとだったようです。タイミングが悪かった」
母屋からは、現在この場所は全くの死角になっていた。
「使用人ではなく、きみが自分でわざわざ呼びに来てくれたというのにね」
ばつの悪そうなさなえは、何も言い返さない。
「この度は、婚約おめでとう」
立ち上がり、さなえの横を抜けようとする。
「波留の縁談のことでおみえなの。お客様は、大鳥先生なのよ」
「きみ、今日ここに泊まるつもりでなければ、早く出たほうがいいよ。いまに霙が降る。凍結したらおしまいだ」
立ち去るおれを、視線で追いかけるのがわかった。
離れの玄関を閉め、歩き始める。
ひとりきりの戻り道。
長く伸びたその先にたどり着いたところで、目的地はまた、おれから遠ざかっていく。