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放射冷却の午後・2

 一葉から露が落ちる。からりと晴れた寒い昼下がり。風は少し吹き始めた。天気予報が伝える、翌日以降の雨の気配。


 黒塗りから先に降りたのは、波留のほうだった。ドアからのぞく空の淡い青。暦では吉日。


 付け下げ程度の格で良い。波留のうしろ姿に縫いの一つ紋。おれもセミフォーマルに寄せた程度の装いで後に続く。


 白く敷き詰められた石がまぶしい、ホテルの入口。スタッフに、大鳥先生の……、と告げる。奥から出てきた、上役であろう男が案内に回った。


 広めの個室へ通されたとき、波留の顔色が変わった。かしこまった格好の、大鳥哲人夫妻。そして蔵人がその場にいただけだったからだ。


 やはりな、とおれの表情も引き締まる。


「パーティーなんて、どこにも通知は行っていない。どうあっても、波留さんをおびき出す気だろうね。両家顔合わせを企んでいるつもりだな。報告書は届いているよ。予想通りといえばそれまでだけれど」


 森行夫は、年明け早々おれを呼び出し、結果を知らせてくれた。ついこの間のことだ。


「やあ波留さん。しばらくぶりだね」


 やおら、蔵人は立ち上がり、腕を少し広げる仕草をした。そして、おれに笑顔で頭を下げるのだった。


「パーティーというふうにお聞きしておりましたけれど」


 波留が口火を切った。


「まあ、おかけになって」


 大鳥夫人がすすめる。スタッフが人数分の茶を持ってきた。仕方なく二人、椅子にかける。


「結果的に祝い事。パーティーと同じことになるさ。そうだろう?」


 蔵人の笑顔に影はない。まったくの無邪気さで言葉を投げかけてきているのだ。


「おたく様とはお会いしたことがありますな」


 大鳥哲人が口を開く。


「わたしは彼女の後見人の石倉です。今は保護者の立場です」


 三人の表情が怪訝なものになった。


「五百旗頭先生のお嬢さまに、どうして、そうしたかたがおありなんでしょうな」


「内々のことですので。返答できかねます」


 大鳥夫人は、自身の帯近くの扇子を気にしながら、おれのほうをうかがい見ている。


 閉じられた空間。優れた空調だといったところで、寒さの入り込む隙間があって、完璧にはならないようにできている。


「あなたもお聞きおよびでしょうが、息子との縁談が進みつつあります。部外者は早々にお立ち退きいただきたい」


 大鳥哲人は少し強い口調で告げた。


「その件でしたら、お断りいたします。どうしてそういうお話になっているのか、わたしにはわかりません」


 波留のひと言に、空気が張り詰める。


 三人の後ろ、台になったところに活けられた花。そのまっすぐな細い葉が、空間を切り裂いて立つ。


「なぜだ。ぼくら、あれだけ親しくやりとりをしたじゃないか。ぼくなりに筋を通して、申し込みをしたんだ。真面目に対応しているだろう。これ以上どういうやりかたがある?」


「ただ、わたしは研究のことでお話をうかがっただけです。その後はずっとお断りしていますし、誤解としかいえません。いつの間にかわたしの身元まで調べ上げて……」


「それなりの社会的地位があるならば、調査は、当然のことでしょう」


 おれのひと言に、皆が驚いて黙る。


「お断りの理由を申し上げます。血が近い。その一点に尽きる」


「何を言っているんだ。話にならん」


 大鳥は手を振る。


「最初の奥様との間に生まれたのが、蔵人さんですね。実はその奥様というのが……」

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