クリスマス・プレゼント・2
カレンダーのすそが、暖房の風にめくれ上がる。背中越しの、年末特有のぐずついた空。音もなく降る霙混じりの雨は、都会を真冬色に染めて、見るだに寒い。
おれの手のなかの報告書。そのただならぬ重み。国会議員大鳥哲人の息子、大鳥蔵人の顔写真は、上品さを極めたような風貌で、経歴は全く申し分ない。
ただ、いくら調べても実の母親に行き当たらない。それが引っかかって仕方がないのである。婚外子の立花雅人まで把握できているというのに……。
そばに置いたコーヒーに手を伸ばそうとした時、スマートフォンが鳴った。メッセージには、電話をしていいかと問う旨がある。おれは、すぐにこちらからかけた。
五百旗頭波留は、ワンコールで着信に応答した。
「クリスマスプレゼント、届きました。ありがとうございます」
「配送の関係で少し遅れたみたいだけど、届いてよかった」
「ところでおにいさま。いま、お時間よろしい?」
「いいとも。なんだね」
「新年明けて早々、大鳥先生のパーティーにお招きあずかったの。どうしても、お越しいただきたいって」
おれの視線が手元の報告書へ落ちる。
「端的に訊こう。きみ、大鳥蔵人という人物を知っているかい?」
電話の向こうで、息を呑む音がした。
「知っているのか。どういうつながりかね」
波留は、ぽつりぽつりと話し始めた。
船底に光が入れば、スタートの合図。端から順に車は陸へ渡っていき、それぞれの目的地へ向かう。
波留のSUVもその一台であった。大学の歴史研究会のメンバーを乗せ、道へ出ず、駐車場へゆっくり流していく。ここでもう一人と合流するためだ。
ピンク色の小さな軽自動車が停まっている。車は数えるほどしかない。そこへ近づき、皆、一旦降りる。その車から姿を現したのは、同年代の女性だった。研究会の一人、立花雅人の婚約者だと聞かされていた。
「じゃあぼくは、こっちの車で先導するから。彼女は由花子ちゃんです。よろしくね」
由花子は他のメンバーとも軽くやりとりをして、雅人の乗り込んだ車に戻った。
一旦、荷物を置くために宿へ向かっているのだ。車に積んだままでも良かったのかもしれないが、この土地にはこの土地の決まりなどあるのだろう。由花子の紹介で取れた宿というから、同行するのも筋は通っている。ただ、ここまでしなくてはならないのか、と驚いた。
宿の人間への挨拶を済ませて、島内を走り始める。
この島特有の祭祀場を調べる、というのが今回のテーマだった。事前にそれなりの調査をしてから回るわけだが、道の悪さや、知らぬ間に山にのまれたところなどもあり、一部ではひどく難儀した。
さすがにこれ以上見当たらないだろう、となったとき、白いセダンが近づいてきて止まった。降りてきたのは、品の良い、若い男だ。
「きみたち、調べもので来ているのだね」
もう話がいっているのか、と数人顔を見合わせる。
視界を取り巻く山。何種類かの緑は絡まり合い、はびこる蔓を介して、もはや不可分のものとなっていた。
「いま、由花子ちゃんから聞いたのさ。ぼくはこの島の者だよ。心配しないで。この辺りは私有地なんだ。何を探しているの」
「すみません。そうとは知らず。ぼくたちは、祠だとかを調べにきているんです」
雅人が一歩進み出て言った。
「いいの、いいの。祠だね。あるんだよ。車はそこに置いたままでいいから、ついておいで」
茂みの陰になったあたりから、現れた小径は、ある角度から確かめなければ、わからぬようなものだった。
「春になると、著莪の花が咲いて、この径のとおりに咲くんだ。その時は、踏むのもかわいそうで入れない」
波留は、男の口の端が歪むのを見逃さなかった。その季節、ここに入り込んでいなければわからないことだ。
かれの足の下に、いくつもの花が踏みにじられていく光景を、幻に見る。歩けるほどに土が見えているのは、きっとそのせいだ。
少し行くと、急に視界が開けた。さほど古くもない造りの祠がある。近づいてみる。何が祀られているのかわからない。
「この由緒などは……」
メンバーの一人が、男に尋ねている。
「実はぼくにもわからない。昔、身内の者に連れられてきたことがあるから、知っているようなものでね」
不思議なところは何もない。田舎にありがちな古い祠だ。
しかし波留は気づいてしまった。この祠の封が、五百旗頭の屋敷にあったものと同じなのだ。ずいぶんと風化して傷んでいるが、特徴的な部分が残っている。
「こちらの地主さんですか」
男に、波留は尋ねた。
「ぼくではなくて父がね」
「では、お身内のどなたかの手によるものですね。その資料などお持ちではありませんか」
男はしばらく考え込み、かぶりを振った。
「すぐには、ぼくにはわからない。詳しい者に尋ねてみることはできるけど」
「お手数ですが、わかったら、でいいんです。そのときはこちらに連絡いただけませんか」
「ぼくもできることなら知りたいからね。結果は必ず伝えるよ」
メモに、名前とメッセージの宛先を書いて渡した。
島を出るまで、連絡はないままだった。
ところが、二、三ヶ月ほど経ったある日、突然にメッセージが届いたのである。
やり取りをするうち、X市内の複合商業施設で直接話をしよう、ということになった。




