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回折:黄泉国の鎮魂歌・1

 祭壇の上の花に埋もれる遺影。


 これでもか、と飾り倒したものに、弔意を探しても見当たらない。


 鬼籍に入ったばかりの美しい人は、微笑ではなく、厳しい表情を切り取られている。


「弟、律は、音楽ひとすじの人間でありました」


 猛の言葉がマイクを通して会場に響く。


「道半ばにして、このようなことになったのは、さぞかし無念でありましょう。たったひとりの兄として、わたしは……」


 おれはライブ中のモニターから目をそらした。


 控室で、石倉律、本葬の様子を観るのも少し疲れてきた。


 本来ならば、あの場にいなければならないはずの頼子は、形ばかり喪の姿で、おれのそばにいる。親族席には、猛と母しかいない。剛は初めから家に置いてきた。まるでこれだけしか律に身内などいない、と見誤らせるにはじゅうぶんだ。


 時折、目もとを軽く拭う仕草は、計算尽くのものだろう。


 テーブルの上に置かれたアフタヌーンティーセット。


 頼子は磁のポットから残照色の液体を注ぎ、芳しい香気を味わっている。口紅のない片化粧の唇は、生来すでに赤。


 サンドイッチをつまむだけでも気品に満ち満ちた有様。おれはそれに見とれる。


 ブラインドを閉めた窓から時折聞こえる、初秋の雨音。季節の変わり目に、ちょうど、差し掛かった頃だ。蝉は夏に命を燃やしつくして、今年から去っていった。


 身近な人の死に初めて出くわしたおれは、虚構における人の振る舞いしか知らない。だからこそ、頼子がこうして日常のまま、いや、もっとくつろいでいる様子を、すんなりと受け入れるのは難しい。


 テレビではコメディアンがゆかいな芝居を見せていて、笑い声まで頼子から漏れている。ためらいなくアフタヌーンティーセットをつまみ、自身の父の死を弔う会のことに興味を示しもしない。



 あの日、律は一日じゅうおれを連れてまわった後、別棟へ戻った。


 その翌日から一人出かけていったが、ゆっくりと予定していた律の休暇は、誰にも心配させずにいた。ただ、唐突に何もかもを皆が知らされるまで。


 ふと通りかかった車庫から漏れ聞こえた真実。休みを取った、ある運転手のことについて噂していたのだ。


「いきなり、別棟のお嬢さんが来て、車を出してくれとあっさり言った。その時手が空いていたのは、あいつとおれだけだった。いいよ、と言うので、あいつが乗せて行った」


 車に関しては、必要な時、好きなように車庫から融通する、と猛と律は取り決めていた。時折、頼子は自身のために用いることもあり、いつもの調子で了解したのだろう。


「乗ってから、ずいぶん遠くだと、変だと思った、と言っていた。そうしたら、なんと、帰国中の律さんがいるところ、だと。あいつは、何もできなくなった。かわいそうに、見てしまったんだ。この暑い中、死んでしばらく経ったものを。あいつが泣きそうな声でここに電話してきたので、おれが旦那さまに連絡して、現場に急行した」


 おれはその場から動かず、聴覚だけを研ぎ澄ましていた。


「了解をとって二台で行っていたからな、あいつを乗せてもう一台はさっさと出た。当人はとてもじゃないが運転できる状態ではなかった。おれは、お嬢さんを、ここへ戻さないといけない。ところがどうだ、帰り道には、お嬢さん、食事をしたいといって、ステーキの店へ向かわされたよ」


「すさまじいな、しかし、律さんはどうして」


「ハンドル操作を誤ったのか、崖下さ。あまり人や車の通らないところらしくて、発見が遅れた」


「どんなにいい男だって、死んだら、終わりだな」


「あいつ、当分復帰できないぞ。家で寝込んでる」


「なんとかおれたちで回していくしかないな……」


 それまで聞いて、おれは離れた。

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