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第四十九話 瞳の行方。




 容態が急変したと事前に聞いていたから、何となく前代の大公爵様辺りかしら? と思っていたのだが、通されたのは御令嬢の部屋だった。寝室の天蓋からは美しいレースの意匠が掛かっていた。この大きさのレースって、いったいいくらするのだろう? 眩しすぎて見ていられない。そんな事を思いながらベッドに横になっている令嬢を見た時、息が止まるかと思った。第五聖女!? 容態の悪化って第五聖女だったの!?! 私は息を詰めて彼女を見遣る。白い包帯が両目に巻かれているが、真新しいものの筈なのに微かに膿が見える。感染症を起こしていて傷が治らなくなっているのだ。しかも両目。


 何故!? 何故どうして感染症を起こす前に呼んでくれなかった!?! 傷は負った直後の応急処置が一番大切なのだ。細菌が入り込むのを止めなければならないし、炎症も早期の段階で止めなければどんどん広がって行く。人の体は生きている。生きているから必死でその状況を改善しようと働く。だから骨折などもあまり放置期間が長いと骨が盛り上がってしまい元の状態には接げない事になる。元の状態に接げないという事は、元の状態の様に動かない事を意味する。つまり後遺症が残ってしまうのだ。


 第五聖女など妹聖女だ。どうしてどうしてもっと早く呼んでくれなかったの? 私は控えるように立っていた第三王子もとい第三位聖魔導師に鋭い視線を送った。彼はその視線を受けた後、直ぐにそらした。


「フレデリカが、第二聖女のお姉様には伝えないで欲しい。これは聖女としての修行をサボった私に与えられた罰なのだから、私はそれを甘んじて受けると主張して………」


 私は呆然となって聞いていた。そんな――そんな病人の世迷い言を信じたというのだろうか? 本人の意志というのはもちろん尊重されるべきだ。しかし時と場合による。これは本人の意志を無視してでも行動しなければいけない種類のものだ。嫌がっても押さえつけてでも治療しなきゃいけないものなのだ。


 聖女とて死人は生き返らせられない。同じ事が細胞にも言える。死んだ細胞を蘇らせる事は出来ないのだ。だからその機能が死ぬ前に処置をしなければならない。


 私は第五聖女であるフレデリカの手にそっと手を重ねた。高熱だ。細菌を殺す為に体が熱を限界まで上げているのだ。細菌が死ぬか自分が死ぬか。そういう体の戦い。ここで熱を下げると熱によって押さえていた細菌が爆発増殖する。しかしこれ以上高熱が続けば体が持たない。


 私は聖魔法の魔法陣を展開する。

 虹色の魔法陣が端から魔法式を紡ぎながら顕現して行く。


 私の聖魔法で細菌を押さえながら少しだけ熱を下げる。細菌は聖魔法を嫌う。第五聖女の聖魔法は多分怪我の直後刹那だけ発動して今はもう聖力を使う事も出来ない状態なのだろう。


 聖魔法の光はフレデリカの体に吸収される。


「……フレデリカ、よく頑張ったわね。どんなに痛かったか……」

「…………第二……聖女の……お姉様……? どう……して………?」


 フレデリカは掠れた声で呟く。


「神のお導きよ? 聖女の光は神の意志。意志は絶対なの」

「……で……も………」

「フレデリカの意志はもう神に伝わった。神がお許しになった。体の力を抜いて、心を静かに委ねなければいけないわ」


 私は第五聖女のフレデリカに有無を言わせなかった。聖女の光を受け入れない事の方が不敬だと再三伝える。普段はこんなしゃべり方をしないのだが、もう慰問に行く時の第二聖女の振る舞いを全開にした。反抗も反駁も許さない。


「………お姉様、痛みがスーと引いていきました。ずっと熱く脈打っていた目元が涼しくなりました。とても気持ちが良いです。聖魔法の光が目に染み込んで行きます」

「そう。良かったわ……」


 フレデリカの手が小さな力で私の手をそっと握り返した。


「……お姉様……私は何も知りませんでした。痛みがこんなに苦しい…なんて。大きな病気も怪我もした事がなかったのです……。痛みが心を弱らせるのですね……」

「そうね……、フレデリカの傷が癒えたら一番に痛みの取り方を教えましょうね」

「本当ですか?」

「本当よ? 一から丁寧に教えて上げる」

「約束ね、お姉様」

「……ええ、必ずね」


 そう言って私たちは小指を絡めた。絡めながら、私は心で泣いていた。彼女の瞳の行方。光が戻る確率はかなり低い。目の細胞の大半が死んでしまっているのだ。左目は駄目かも知れない。せめて右目だけでも。元々は左目に受けた傷の炎症が右目に移ったのだ。右目だけでも持ち直せるだろうか? 瞳の奥が熱くなる。


どうか―――

もう一度。




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― 新着の感想 ―
[一言] 神様(作者様)何とか奇跡を!(笑)
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