第三十八話 空間魔法Ⅱ
孤児院の小さな部屋を飛び出した私は、森に向かって駆け出す。魔法展開の気配は森からだった。院長は言っていたではないか、十年前に森に捨てられた子供を拾ったと。その時は青い瞳をしていたが、普通の碧眼で魔導師だとは思わなかった。成長と共に若干色味が濃くなる事がある。青から紫に変化したのだろう。色変化はあり得る話だ。青から黄色とかそういう極端な変化はないのだが、薄い水色が青とか、ローズが紅等ままある話。教会の適性検査や魔法発現や魔法科入学と同時に気付いたりする。
この子の場合は、瞳の色変化と魔法顕現で適性に気付いたのだろう。完全にノーマークの場所から出てきた魔導師。魔力素養が優性遺伝ならこんな事は起こらないのだが、潜在して遺伝していくので、親も祖父母も曾祖父母も魔導師ではない場合、誰も自分が魔力素養を半分持ってるという事実を知らない。知らないものと知らないものが結婚した場合四分の一の確率で魔導師が生まれる。そして親も子供が魔導師だとは思わないという結果だ。魔導師であるのなら出生登録の時にそう付け加えねばならない。
ただ、捨てられた子というのは出生登録的なものすらしていない。孤児院の院長がするので、出生日は予測になるし、住所は孤児院になるし、親の欄は空欄で保護者が院長だろう。親のいない子は国が育てるという義務が発生するので、見習いとして仕事に就くまで孤児院で過ごし、自立して行く。しかし見習いとは十二歳だ。住み込みの仕事がメインとなる。パン屋の見習い、御者の見習い、メイド見習いなど。そして仕事を覚えたら一人前。
しかし魔力素養の発現した者の辿る人生は別になる。王立学園魔法科に入学するのが義務だ。孤児の場合は保護している者が学費を出す。両親が健在の庶民の場合は奨学金がでる。六年在学して卒業と同時に職に就き自立となる。そして魔法科は適性にもよるが魔法省に入る者が多い。国が抱える魔法集団。宮廷魔導師。もしくは各領での就労に就く場合もある。それは学園から推薦される。
各領地が学園に属性何のどんな生徒が欲しいと依頼する。その枠に、本人の希望を聞きつつ推薦するシステム。ただ、ロレッタが辿った道でも分かるように、魔法士に自由はほぼ与えられていない。神官、聖女、魔法省、自領とほぼほぼ行き先など決まっている。生家が魔法士の子を手放す訳はないのだから。孤児は修学を終えれば、性格にもよるが保護者の養子もしくは貴族と婚姻を繋ぐ事が多い。
今回の場合は王領で起きたことなので、王家かもしくは闇の侯爵家、担当のエース家か、最初に話を通した友人、教会が保護先の候補になる……。教会はまず選択肢から外れる。襲っていたものが神官関係者ならば教会に預けるなど有り得ない事だし、教会は光の魔導師が集うところ。ルーシュ様が闇の魔術師を教会に預ける訳はない。
そして王家でもないだろうと思う。当たり前だが養子の敷居が格段に上がるし、今期の陛下の御子様の数を考えると養子の可能性は低い。そしてここでも多少闇というのがネックになる。王家もまた聖魔導師の一族なのだから。エース家とセイヤーズ家が微妙な関係であるように、光と闇も大変微妙……というか仲は宜しくない。
残るは闇の侯爵家だが……。普通に考えれば闇の侯爵家の末裔だから闇魔導師な訳で、遠い血縁者となる。と考えれば一番順当な気もするが、そこが原因とも考えられる為、話は持っていかない気がする。きっとルーシュ様が来た以上、エース家預かりになるのではないかな? ご友人という線はどうなのだろうか? 身分が高そうな予感がするが……しかしそのご友人がルーシュ様を寄越したのならばやはりエース家が保護する可能性が高い。
保護先は、金銭に余裕のある大貴族、侯爵以上だ。シトリー家は保護権利もない。貧乏だし、シトリー家は当主が魔導師だが、伯爵位の必須条件ではない。魔導師ではない伯爵は魔導師の伯爵より多い。
そんな事を考えながら一目散に走って行くと、藪の中から何かがもぞもぞ動く気配がして、森の奥に向かって走って行く。子供だ。男の子。肩に何かいる? ぽよんぽよんした何かが!?
それを見て私は更に加速した。
 








