第三十六話 信用
水を顕現させ、どや~と微笑んでいると、院長は部屋の隅からバケツを取ってきた。
「ロレッタさん、ここに入れて下さい」
「?」
バケツにですか?
私は言われた通りバケツに水を移す。
「雑巾がけに使います。丁度良い量です」
「………」
あ、うん。確かに量は丁度良いですね!
「便利ですね、水魔法」
「……はい。結構便利ですね」
実は水が一番生活魔法に向いているかもしれない。
「お三方の素性は分かりました。身分と魔法素養がある事も理解しました。最後に人柄の判断をと思いましたが、まあ、ロレッタさんを見ていましたら、素直で抜けている方なのだと分かりましたのでね。そんなに悪い方ではないと判断します」
「………」
抜けているって!?
これでも精一杯の出来る官吏仕様だったのですが……。
どの辺が抜けていたんですか?
水魔法が生活魔法だったからですか!
ちょっと傾いでいると、笑いを堪えたシリル様と目が合う。なんだかシリル様、孤児院に来てからずっと笑いを堪えてますよね?
「では、一番大切な本題に入らせて頂きます」
院長はコホンと小さく咳をして、場の空気を仕切り直した。
「一年前になりますか、教会から連絡がありまして、寄付金の三割を教会に納入するようにと言われました。私は断りました。もちろん国からこの孤児院の維持費は定期的に頂いております。しかしそれは最低限の衣食住であり、やはり貴族の方や豪商の方が入れてくれる一時金はとても助かるもので、子供達の為に使っておりました。それを突如三割の天引きにするとはどういうことなのだろうか? と思いました。なんの説明もなく一方的にそのルールは決められたのです。だから断ったのですが、断る権利はない。貰ったら報告してお金を届けるようにと言われたのです。なので寄付金があったと報告しませんでした。そうしたら寄付金が一切なくなりました。何が起こっているか分かりません。教会から何か貴族の方に圧力のようなものが行ったのか、または違う何かがあるのか。ですが三割どころか十割全てが無くなると生活は圧迫されます。本の一冊も買えなくなってしまう。甘いお菓子もこの一年食べさせておりません」
院長は焼き菓子の入ったバスケットを見て、少し寂しそうな目をした。
私は一瞬怒りで目の前が真っ赤になった。あんのよくわらからん守銭奴の依頼主が!? 三割ってなんなんだいったい。金をないところから毟り取るな!! 孤児院から取り上げるってどういうこと! 払う方でしょうよっ。
「それともう一つ、この孤児院にいる子供達には色々な事情があります。親から直接預けられた子。貧民街で困窮していた子。そして捨てられた子。その中に、十年前、あの森に捨てられた赤ちゃんがいたのです。その子の瞳は青かった。ですが水の魔導師の色とは違うように思いました。ですので魔導師としての報告はせずに通常の子と同じように育てていたのですが……」
「発現したと」
ルーシュ様の言葉に、院長は彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「……少し特殊な状態にある子で、出来るだけあの子の大切なものを奪わない状態で引き取って頂ける、心が広く、穏やかで、子供の気持ちを理解出来、裕福で権力がある方にお預けしたい」
「成る程」
大切なものを奪わない状態で引き取って欲しい。という事は、その大切なものとやらは、引き取りにくいものなのだろうか? 本やぬいぐるみの類いではなく……。
そう思った瞬間、凄く近くで魔法展開の気配がした。
え? どこ?
私はキョロキョロと辺りを見回す。
そして自身の持ったバスケットに目が行く。
急いでバスケットの蓋を開けると、小さな魔法陣が展開し、焼き菓子が二つほど消えて無くなった。
空間魔法!?!








