第三十四話 孤児院訪問
第二聖女として慰問するのとは立場が違う所為もあるし、初めて訪れた孤児院という事もあって、物珍しく中を見ていた。院長と名乗る年配の女性に焼き菓子を渡そうとして、それはあなたから直接子供達に渡して欲しいと言われた。それだけの言葉で、私は胸が詰まりそうになった。すり切れた灰色の修道服は何年着ているのだろう? と思う程年季が入っている。きっと何度も繕って繕って着られなくなるまで着続けるのだろう。頭の天辺から爪先まで、 清貧が漂っている。ロレッタも聖女であり、そして制服を持っていたが、良い生地の高価な服だった。もう聖女の権威の塊を対外に見せるというようなもので、真っ白で染み一つなかった。ちなみに第Ⅱ種の方はかなり草臥れ作業着化していたが……。
難しい問題を何度も乗り越えて来たような風格を感じる。孤児を育て上げるという大仕事に生涯を掛けた人。そんな風に見える。その院長が直接対応するらしく、私達三人は院長に小さな個室に通された。本当に小さな個室で、四角い机が一つと簡素な椅子が人数分置いてある。小さな窓が一つ付いており、そこから近くの森が窺えた。便利な立地では無いが、自然の遊び場が沢山ありそうだ。これはこれで良い孤児院なのかも知れない。
席を勧められ、私以外が着席すると、立ちっぱなしの私に向かって思う所は有ったようだが、何も言わずに院長は口を開く。
「あなたが責任者で宜しいですか?」
襟章を見たのだろう。対外的にはこの三人の中で一番の決定権を持っているのはルーシュ様だ。内密な身分はシリル様が一番高い訳だが、そこは知らせぬ部分だろうし、この仕事を請け負っているのはルーシュ様。
「そうなる。この依頼を担当する魔法省六課のルーシュ・エースだ。何でも相談して欲しい」
院長は、ルーシュ様をじーっと観察している。それはもう隠すことなく顔や階級や所作や瞳の色や髪の色など、不躾な程あからさまに値踏みしている。凄い、あそこまで明け透けに観察している様子を見せるなんて、なかなかいないわ。私は変なところで感心した。所謂身分や魔導師だからと言って阿るタイプではないのだろう。
「失礼ですが、私、物分かりが良く、些末な事に囚われず、物事の本質を理解し、融通が利き、身分も高く、魔法能力も高い方をお願いしたのですが」
私は視線だけではなく、言葉も明け透けな院長の言動に驚いた。何か飲んでいたら噴き出すところだ。この院長、魔法省長官の長男であり、エース家の次期当主であり、Sクラストップ卒業のルーシュ様に何言っているんですか? 面白すぎます。身分も魔法能力も申し分ない方ですから!
ルーシュ様はなんと言い返すのだろう? あまり沈黙が続くようなら、差し出がましいかもしれないが、私がハッキリ言い返した方が良いだろうか? 全てを兼ね備えた方ですよ? 安心して下さいと。
「安心して欲しい。ここにいる者は、三人とも口が堅く場合に拠っては融通を利かせる事も出来る身分であり、魔術素養も高く、話を理解する力にも長けている」
ルーシュ様は涼しい顔で言い切った。しかも自分たちの事をむちゃくちゃ高く評価するような事を自信満々に淀みなく泰然と。それもそれで凄い度胸だ。私だったら、耳を疑う言葉にしどろもどろになってしまいそうだ。だってよくよく考えると凄く失礼な院長なんですよ? 色々な孤児院に慰問しましたが、こんな院長初めてです!
「……そうですか。エース侯爵家の方と考えて宜しいですか?」
「ああ。そう考えてくれていい」
「分家の分家のまた分家の分家の一応エースと名乗ってる方ではないですよね?」
「……ああ。分家の分家のそのまた分家の更に分家ではない。保証しよう」
「ご本人の保証って保証になりますか?」
「………」
分家の分家の更に分家の分家って!?
長いですよっ。院長!
エース本家の分家の分家のそのまた分家の分家でも結構裕福なんですよ?
「ここにいる二人の魔法省官吏が保証しよう」
シリル様と私は食い気味に頷く。ええそれはもちろん! 分家の分家の更に分家の分家ではなく、本家の次期当主ですから! ちなみにシリル様は瞳の奥で笑いを噛み殺している。ええ、そうなりますよね?
「部下の保証って保証になりますか?」
「………」
おおお! 勇気ありますね? 院長様!!!
ルーシュ様は負けじとニッコリ微笑んだ。あれは怖い奴だ。
「ではどんな保証で安心するのか聞かせて貰おう」
ルーシュ様、目が笑っていませんよ?








