第二十八話 教えて下さいⅣ
盗賊達は喋った。捲し立てるように思い付いたままべらべらべらべらと知っている事を全て喋っているのではないかと思う程。何故盗賊をやっているのか、どんな幼少期を過ごしたのか、どんな親だったのか等、聞いてもいないことまで、なんでも全て喋り抜いた……。人格矯正印の力……恐るべしだ。
人格矯正印の魔法は放たなかったが、彼らの性格がどんな環境から構築されたのかは分かった。まさに人格形成のストーリーを聞いているような感じ。
彼らが言うには、この先の孤児院に寄付に行く貴族を狙って襲撃していたとの事だ。それは自分たちが自主的に行っていた訳ではなく、命令を受けてそうしていたと言っている。命令を受けると金が貰えるのかと聞くと、実は貰えない。貰えない替わりに、傷などを只で治して貰えるというのだ。
盗賊は聖魔法なんて受けられない。公式な稼業ではないし、余裕もない。でも怪我はする。治して貰えるのは有り難い。貴族の馬車を見つければ襲撃するだけなので、大したリスクもないし、金は手に入るしで、悪くない仕事だった。ただ依頼主は身分が高い人間だっただろうと思うが、報酬が金ではなかったので、そんなに金持ちじゃないと思う。ただ、もちろんこういう仕事だから相手の名前なんか知らない。顔も隠していた。見た事があるのは目だけだ。目は普通の薄い灰色だったから魔導師ではないし、光の魔術も打てなかった。ただ、一緒に聖魔導師を連れてきて傷や病を治してくれる。その聖魔導師はいつも同じ婆さんだった。
全部言った。もう隠している事なんていっさいがっさい何にもない。俺に人格矯正印を押す価値なんかない。奴隷としての価値もない。部下と俺たちはどっかの坑道でも送ってくれ! 印だけは入れないでくれ――っ と何故か最後は悲痛な叫びに変わっていた。
「……お前、何人殺したんだ?」
シリル様がその黄色の瞳をやや細める。
「綿密なお前達の事だから、知っているのだろう? そんなに沢山はやってない。さっきの部下が言っていた通り、俺たちは殺し専門じゃない。金が手に入れば死体なんかいらない。なんの得にもならない。ただ抵抗してきた場合は殺る。そうでなければ自分たちが殺られるから。でも孤児院に寄付に行く貴族は殺ってない。孤児院に寄付に行く貴族なんて女が多いし、武器も持っていない。金とか物品とかそういうのが欲しいんだ。お前達みたいに、お前達みたいに……俺らみたいなのは親や生まれに恵まれていない。物心付いた時は、もう裏の道に入っていた。毎日毎日スリをして生きるしかないそんな暮らしだ。盗みが環境で日常なんだ。嘘じゃない」
「嘘だなんていってないだろ?」
シリル様の声が低くなる。
「初動で槍を突いただろ? あれで目をつかれた令嬢がいるんだよ? 命は助かった。でも何故だ? お前達の幼少期のような恵まれない子供達に金を寄付しに行っただけなのに、なぜ目に槍を突く? 彼女がいったい何をしたんだ?」
「……それは、それは悪かったと思っている。でも俺たちだって怪我はする。聖魔法をどうしても受けたかったんだ……」
「中を確認せず初動で槍を突くのは、戦意喪失させて自分たちが怪我をしない為だろ? その為には貴族の婦人や子女が怪我をすることなんてなんとも思ってないんだろ? 全部自分たちの為なんだろ?」
「…………」
「孤児院に寄付に行く者は、自分たちの為じゃない。お前達の幼少期のように底辺を這いずり回っている子を助ける為だ。スリをしないと生きていけない子に、生きる場所と食事を提供する為だ。盗賊にならずに済むようにする為だ。お前、そういう事分かってる? それとも考え無しの馬鹿?」
「…………」
「聖魔法を受けた事があるのなら分かるだろ? 目を槍でつかれたらどうなるかくらい? 聖魔法は壊れたものを復元するのは難しい。目の切れた神経を一つ一つ繋ぎ合わせて、元に戻すまでどれくらいかかるか分かるか? ご令嬢はまだ目が見えないままだ。痛みも相当強い。毎日毎日泣き暮らしているよ」
「…………」
「彼女がお前に何をした? お前個人に何か悪意を向けたか? その日その時まで会ったこともない関係だろ? 無関係の人間に、金欲しさに暴力を奮ったんだろ?」
「…………」
「印なしの強制就労者になりたいなら、灰色の目の依頼者と年老いた聖魔導師の声や背格好を忘れない事だな」
「忘れなければ、印は押さないのか?」
「それは忘れなかった時に答えてやるよ。まあせいぜい死なない事だ。お前が死んだらお前の部下に奴隷印を押してしまうかも知れないな」
「………つまりは依頼者が俺を殺しに来るんだな?」
「そうだろうな。お前に死んで欲しいのは俺たちじゃなく、お前に仕事を依頼した者だろうな」
「……俺は結構保身が強くてね。だから初動で槍を突く訳だが。忠告されたからには生き延びるが、助けてくれるんだろうな? 毒ならまだしも暗殺者が来たら終わるぞ」
「注意はするが、確実なんてないからな。せいぜいその無い知恵でも絞って絞って絞り切るんだな? 暗殺者が嫌うものがなんなのか考えておけ」
「………お前は定期的に会いに来てくれるのか」
「俺は会いに行かないが、部下を行かせる」
「……分かった。ならば取り敢えず毒の特徴を図で纏めた本でも差し入れてくれ」
「……ああ、そうしよう。序でに文字表も入れてやる。せいぜい勉学に励むんだな? 命の為に……」
シリル様は小さく笑った。








