第十九話 第一聖女のお姉様。
「あの……」
私は隣に座るシリル様に迷ったが話しかけた。
「第一聖女のお姉様と、仲が宜しくないのでしょうか?」
隣に座るシリル様はすっと目を細めた。
先程、ルーシュ様との会話で、女性というよりも、政治家と見ていると言っていたのだ。第一聖女のお姉様という人は、第二聖女の私と距離を置いていた。私自身は第五聖女ともそれなりの関係を築いていたし、第三聖女と第四聖女は先輩として慕ってくれていたので、基本仲が良かった。
けれど……。一歳違いの第一聖女様。結婚されてからは第一聖女殿下と呼んでいるが、学園ではお姉様と呼んでいた。仲が良いからではなく、そういう決まりだからだ。
第一聖女のお姉様には他の聖女も距離を置いていた。私だけではなく、そういう扱いを受けていたのだ。特別に優れた聖女で一線を画する存在だと。当然畑仕事もしないし、授業も別だった。もう殆どの事を習得されていて、授業は必要がないレベルで、毎日礼拝堂で祈りを捧げていると聞いていた。
すれ違ったら、道を空けて頭を垂れた。第三第四聖女は第一聖女のお姉様を相手に、そんな事はしていなかったが、少なくとも第二聖女の私と第五聖女はしていた。するように言われていた。そして顔を見てはいけない。目を合わせてはいけない。そんなルールが有った。
第三聖女と第四聖女は王族である。王族でも学園内では特別扱いは受けていない。早朝の畑仕事もしていた。しかし第一聖女様は教会のトップである神官長の娘として、並列ではなかった。毎日世界に祈りを届ける敬虔な聖女。
私は事実上、第一聖女様を知らないのだ。学園では対等ではなかったし、生活も共にしていない。孤児院に慰問に行くことももちろんなかった。第一聖女様のお仕事は祈り。私も毎朝しているあの祈りでもって世界中に光を届けている事になる。
もっとも――礼拝堂からそんなに強い聖魔法を感じたことは一度もなかったのだが……。そういう事は口に出してはいけない。全ての聖女は内心でそんな疑問を掠った事があるかも知れないが、小さな疑問として葬り去られていた。
権力は間違いなく、そこにも蔓延している。
「ロレッタは僕と第一聖女の仲が気になるの?」
聞いてはいけない事だっただろうか? 自分は侍女なのだから、主人とその友人が話している内容を問うなどしてはいけない事のような気がしてきた。私がいるから大切な話が出来ないとなってしまったら、侍女として失格だ。
そう、空気。有能な侍女は空気なのだ。呼ばれた時だけ返事をして、後は存在を感じさせてはいけない。遅れて気付いたが、もう遅い。次からは気を付けるべきだと反省した。
「出過ぎた質問をしてしまい、申し訳ありません」
私は頭を垂れる。けれど下げた頭をシリル様がそっと上げさせる。
「反省なんかしなくていい。何でも聞いてくれていい。僕に遠慮はしないで? 先程もルーシュに言ったけれど、僕が素を見せられる人間は少ない。ここにいる時はシリルで、エース家の遠縁で、伯爵令嬢が頭を下げる相手じゃないのだから。僕はその肩書きを心底楽しんでいるし、エース家の使用人もそういう扱いをする。今は平の魔法省の官。ロレッタの同僚」
「……同僚」
「そう。同僚」
シリル様は胸のポケットから眼鏡を取り出して、瞳の色を翠色に変える。そして私にも眼鏡を着けさせた。
「僕はルーシュ小隊長の部下で風魔法を操るシリル。君も同じ隊で闇魔導師のロレッタ」
そう言って、シリル様が私の髪にヘアビーズを着けると、髪がラベンダー色に変化する。このビーズには赤と蒼が添加されているのだ。シリル様の髪は琥珀に変え、ルーシュ様の髪は紫に変え、私の髪は薄いラベンダー紫になる。ベースがシルバーブロンドなので、色の発色が明るく出る。
「第一聖女とは仲が悪い訳ではない。少なくとも周りはそう思っている。ただ僕の本音を言えば、妃として寵愛はしていないし、する予定もない。その事は一部の人間しか知らない」
頭を上げさせた時に触れたシリル様の指が、耳元から滑るように私の髪を一房掴む。
「満足した?」
「…………」
眼鏡越しにシリル様の瞳が細められる。








