第九話 王都観光準備
ロレッタ視点です。
王都観光当日、私はもの凄く朝早くルーシュ様に呼び出された。離れの応接間に行くとシリル様と呼ばれているエース家の親戚でルーシュ様とご一緒に商会を立ち上げる予定という肩書きの、この国の王太子殿下が座って紅茶を飲んでいた。飲む姿はとても優雅なのだが、着ている服はどこかフランク。下級貴族というか、お洒落な男爵令息みたいな出で立ちだ。そして顔には眼鏡を掛けている。瞳の色は翠眼。碧眼、翠眼、淡褐色、濃褐色、灰色は魔力素養関係なく自然に出る色味だ。
外では小鳥が鳴いている。殿下は爽やかな顔をして、紅茶の香りを楽しんでいるが、先触れもなく、あったらあったで夜中になるので困る、という状況で、私は転がるように自室から出てきた。準備は全く整っていない。
「ロレッタ、おはよう!」
「おはようごさいます! シリル様」
「爽やかな朝だね!」
「そうですね、シリル様」
起き抜けだが、シリル様が眩しすぎて釣られた。確かに朝日が昇り始めた早朝は爽やかではある。眠いが……。
「ロレッタは就寝着ではないんだね?」
「え?」
「いや、こんなに朝早いのだから、侍女だとて準備は出来ていなかった筈だと思って」
「はい。大急ぎで着替えました」
「次は着替えなくて良いからね?」
「え??」
「僕は作戦を練って来たんだよ?」
「作戦を練るですか?」
「そう。水差しの水を飲み続けるという方法では、いつまでも打開出来ないかもしれないからね。別の方法も随時試していくという訳だ」
「?」
「という訳で、僕が来訪の際は、必ずロレッタに迎えて欲しいんだけど、時間外だと申し訳ないから、就寝着で良いよ?」
「就寝着のまま、お客様をお迎えするのは、侍女としてとても難しい選択ですが……。エース家の侍女がそんな事をしては、ルーシュ様の顔に泥を塗ることになりませんか?」
「大丈夫、ルーシュの顔はまったく気にしなくて良いからね?」
「………」
「それより、今日の王都観光の予定なんだけど。君と色々回りたいから、エース家のお仕着せを着たままという訳にはいかないんだ」
「……そうなのですか? ではどう致しましょう? 実は服はお仕着せと就寝着と修道服と学生服と就活用の服しか持っていないのです」
「少なっ」
「……元々持っている服が少なかったというのもありますが、寮から出るのを機に必要のない服は全て売りました。学生服と修道服はさすがに売るというわけにはいきませんので、持っています」
「……そうなんだ。じゃあ、僕が今日、買ってあげるね」
「いえ、それは丁重にお断りさせて頂きます」
私は両手を激しく振って、拒絶を示す。
「シリル様に買って頂いたと知られれば、私は進退窮まってしまいます」
「なぜ? どうして僕が服を贈ると、君が窮地に追い詰められるのかな?」
「第一聖女殿下は私の先輩になります。先輩の夫から服を貰うということは、してはいけない行為です。私にその気がなくとも、第一聖女殿下を深く傷つけてしまいます」
「……へー」
シリル様は眼鏡の奥でやや眼を細めて私を見ていた。
「その気がないとは……例えばどういう意味?」
「その気がないとは、そのままの意味ですが、私に他意がなくとも、他人の目にはどう映るか分からないという意味です」
「…………他意がないか……」
「はい」
「君は今も昔も残酷な事を言うな……」
「え?」
口の中で小さく呟いたその言葉を、私は全てを聞き取る事が出来なかった。
シリル様は隣に置かれていた箱を私に渡す。
「これはプレゼントじゃないよ? 変装グッズ。エース家のお仕着せは、いかにも上級貴族の侍女用になるから、今日持って来たのは下級貴族のお仕着せ。仕事で使う外出着だから、プレゼントじゃなくて実用品だから」
「はい?」
「必要な物だから、受け取ってね」
「……はい」
「ちなみにロレッタ」
「なんでしょうか、シリル様」
「ルーシュには他意があるの?」
「?」
「ルーシュからプレゼントを貰ったらどう思う?」
「ルーシュ様は、我が主。一生を掛けてお仕えする敬愛なる御主人様です。もし馬車が盗賊に襲われたら、ルーシュ様の身を守って死ぬ覚悟は出来ております」
「…………へー。これは思ったより主従関係の方に拗らせてるね……」
「拗らせ?」
「あ、うん。大丈夫! 君の主従を応援するよ?」
シリル様は少し思巡らした後、口を開く。
「けど、僕が一緒に馬車に乗っていたら、決して前に出なくて良いからね?」
「……ですが、主の大切なお客様ですから……」
「僕は僕の身は自分で守れるし、剣の訓練も受けている。学園卒業後は騎士団に二年所属した。なので君を盾にするつもりはない。君の身も僕が守る。決して庇ったりはしないように」
「………」
箱を開けると、可愛らしいお仕着せが入っていた。今着ている物より軽やかで、遊び心がある。今日は男爵家の侍女になるのですね。シリル様が王都観光に行こうと言うのであれば、今日の主催は王太子殿下だ。
父と母。そしてシリル様とルーシュ様。大好きな人達しかいない。ルーシュ様と同様、シリル様はあの場所にいてくれた一人。あの日あの時味方をしてくれた人達は、きっとずっと忘れない大切な人。そう思っている。








