第八話 紅い瞳の色Ⅱ
茶色に変化させる眼鏡は必要だな。
これを機に作っておくか……。
「ルーシュ様」
「どうした?」
「一介の侍女ではありますが、お願いしたき事がございます」
なんだ改まって。口調が変わったぞ? 何が飛び出すんだ。こういうのは唐突で予測が付かないな。王都観光もお願いだったが、あっちは大分フランクだった。
「近づいて良いでしょうか?」
「は?」
「ですから、ご主人様であるルーシュ様に近づいて宜しいでしょうか?」
「なぜ?」
「必要だからです」
「必要には見えないが?」
「いえ。外せません」
「………」
ルーシュが頷くと、ロレッタは正面から距離を詰めてきた。真顔だ。
目の前まで近づき、じーっと瞳を覗き込む。
「眼鏡をお取りして良いでしょうか?」
「自分で取れる」
「いえ、ルーシュ様の手は煩わせません」
「いや、大したことじゃない」
「いえ、ここは侍女の私が」
手を伸ばしたロレッタがそっと眼鏡を外す。手に持ったそれを、机に慎重に置くと、再度ルーシュの瞳を覗き込む。
近っ!
執務室の椅子に座る俺と、机を挟むようにして背伸びをするロレッタ。
顔が二十センチくらいしか離れてない。
しかし、その頃には俺の方も、何故覗き込まれているのか、理解し始めていた。
色だな。
瞳の色を分析したいんだな。
もの凄くじっくり見ている。
そしてニコリともしない。
真剣そのもの。
長っ!
いつまで見続けるのだろう?
目が乾く。瞬きはしよう。変に力が入るな。
「ロレッタ、長くないか?」
「…長くはありません」
「いや、長いだろ?」
「ルーシュ様、それは長いのではなく、長く感じるの間違いだと思います。実際は一、二分です」
いや。五分は経ったぞ。自信があるぞ! 一分なんてことは、断じてない。
「まだか?」
「まだです」
「……普通に紅の純色だと思うが」
「確かに紅の純色です」
「なら、分析は済んだのではないか?」
「……済みました」
「じゃあ、離れても良いんじゃないか?」
「…いえ、再検しています」
「何回目だ?」
「……十回目です」
十回も再検はいらん!
しぶしぶ離れたロレッタは、手を頬に当てて、ゆっくりと溜息を吐いていた。
「なんて綺麗な色なのかしら? どこまで行っても透明度の高い紅。宝石みたいだったわ。ルビーだってこんなに透き通ってはいないし、純度も違う。唯一無二のものね。ああ、素敵。何時間でも見ていられる。この瞳に青と黄色を入れて濁らせてしまうなんて、なんという罪な行為なのでしょう。でも安全の為には替えられませんよね。やはり紫という瞳は闇の魔導師の代表的な色ですしね。琥珀であることに越したことはありません。それに普段は眼鏡で隠していて、眼鏡を取った時に、私の前だけ本当の瞳の色が露わになるというのも、なかなかですよね?」
目の前の新人侍女が怖い文言を唱えているぞ。あれは口に出ているが独り言の部類じゃないのか?
「おいロレッタ」
「へ?」
「俺の瞳の色は、みな知っているからな? 学園でも魔法省でも自宅でも。別に隠していないからな? 分かってるよな?」
「………」
ロレッタは納得のいかなそうな顔をしていた。
「ルーシュ様、提案があります!」
「却下だ!」
「まだ何も言っておりません」
「言わなくても分かる。普段から眼鏡を掛けろと言いたいのだろう」
「さすがルーシュ様! 御名答!!!」








