第三話 黄金の穂は背の高い薬草に隠れますか?
固まったまま、私は水と炎の相性について深慮していた。何事も例外というものがある。一般的に炎と水の相性は最悪だとしても、抜け道があるかも知れない。あるなら当然探すべきだ。直ぐに見つかるとは思えないが、根気よく探すべきだろう。その価値は計り知れない。計り知れないというよりは……やらなきゃ不味いだろという種類なのだが……。
兎に角、諦めるという選択肢はない。相性問題の解決法を探すのだ。次の論文は『炎は本当に水と相性が悪いのか?』にしよう。卒業論文『体内の魔力制御』略して省エネ研究と同じくらい自分にとって身近で喫緊の課題ではないだろうか?
「ルーシュ様、私、早急に手を付けるべき研究を思い付いたのですが」
「え? 研究?」
「はい。研究です」
「……小麦はどうした」
「え? 小麦?」
「小麦の話をしてたよな?」
「…………」
確かに。私たちは小麦の話をしていた……気がする。
「確かに小麦の話をしていました」
「……その上、話の流れ上、研究テーマは十中八九、想像が付くのだが」
「え?」
「いや、だってだな。ロレッタは炎の天敵は水という話をしていて固まったよな」
「……はい。大変な衝撃でしたので」
「いや、この期に及んでそこ?」
「はい。魔法大国であるアクランド王国の津々浦々まで知れ渡っている常識です」
「忘れてたのか?」
「ええ。綺麗に忘れておりました。気づきもしなかったと言いますか……。これは潜在的な現実逃避なのでしょうか……」
「いやいやいや。そこまでじゃないだろ。単純にど忘れ系じゃないのか?」
「そうでしょうか……」
「……いや…まあ、そこはそんなに重要な所じゃないし」
「………」
「……で、研究テーマは『炎と水の相性再考』辺りか」
「……まさにその辺りです。ルーシュ様、名推理ですね!」
「いや……まんまだろ」
「まんまですか?」
「かなりな」
「………」
小麦に話を戻すと、今は収穫期ではないので、というより植える季節なので、そろそろ聖女科の畑が気になる時期……。もう卒業して手は離れたのだが。気になる。曲がりなりにも成長ものなので。学長先生に許可を申請してみようか? 人手があって迷惑ということはないと思うのだが……。逆に断られたら吃驚してしまう。もちろん小麦うんぬんではなく、薬草作りのお手伝いという綺麗な名目で。そして休日に手入れを少々……。
しかし第二聖女である私が卒業し、第五聖女が休学し、事実上畑の手入れをする人間が第三聖女と第四聖女のみ……。永久如雨露があっても、少し危なっかしくないですか? 畑の行く末。
これは聖女科だけの問題ではない。未来のポーションの量に直結する。大変困った状態だ。聖女科の畑と教会の畑というのは隣接していて、というより教会の畑の一部が聖女科に貸し出されている形だ。しかし……正直一部なんて量じゃなかった。半分以上聖女科の学生が耕していた気がする。境界線はどこだったのだろう? 都合により動くタイプの線だった?
神官の方々は畑仕事は本職にあらず。別に学生だって本職ではない。本来なら教会の資金で人を雇うはずなんだけど……。雇ってなかったわね。
なんで?
教会にとって収入に直結する大切な仕事だ。薬草管理人は重要な仕事。
けれど。実際は雇っていないという事になる。
貧乏……?
え? 貧乏なの? 学生が自習に使うはずの農地で、自習どころか本職の方も裸足で逃げ出す耕しっぷり。早朝四時から薬草畑に集合だった。 毎日だよ? どゆこと? 第五聖女も心が折れた。多分。
教会は貧乏なの?
という話になってくる。しかしアクランド王国の聖教会といったら、一大権勢を誇っている。もっと分かりやすく言うと、寄付やポーション、聖女による聖魔法。光魔法一回の金銭は庶民の一ヶ月分の収入だ。まったくお安くない。むしろ凄いぼっている。
聖魔法は教会所属の聖女が執行する。しかし、聖女にその額は支払われない。金銭の遣り取りは全て教会を通す形だ。いったい何割が聖女に支払われるのだろう? 教会の会計が見たい所だが、それは会計主任が管理している。いわゆる上級神官の管理下にあり、下級神官、中級神官、聖女は見ることが出来ない。
学費も自腹だったし、寮費も自腹だった。私は大変な貧乏貴族だったが、学費は免除されなかった。免除されるのは庶民のみ。私の学費は実際どうしていたのだろう? 生活は苦しかったが、学費と寮費を滞納したことはない。……お父様が踏ん張ってくれたと感謝していたが、違うのかも知れない。……伯父様?
セイヤーズ家の伯父様………。
次男気質はどこまで行っても次男気質?
昨今、次男であっても、自分の子の学費は自分で出すだろうと思うのだが……。
父のあの様子だと、大変心許ないです。








