【047】終話『在りし日の光景』
雷の魔導師&氷の魔導師
王城の裏手にある小高い丘で、王太子であるシルヴェスター・エル・アクランドは人を待っていた。ここは夕日が見える。子供の頃から良く来る場所だった。
昼間の喧噪はなんだったのだろうと思う。弟は廃籍になり、その恋人には闇の烙印を押した。闇の魔導師は既に待機させてあったし、準備が整い次第バーランドは国境警備にココは国外に追放する。姦通罪は本来は王子相手の不貞ではなく妃に使われる罪状だが、ものは使いようだ。
「やあ」
少し軽く手を上げて気さくに声を掛けて来たのは、氷の魔導師であるシトリー伯爵である。第二聖女と同じ容姿をした彼を王太子は少し見上げた。
「こんな所に呼び出して申し訳ありません」
「何を言っているの? 君は今日の婚約破棄式の功労者だよ? 呼び出して貰えて光栄だね」
そう言って伯爵は笑った。
護衛は距離を取って待機していて、二人の声は届かない。
身分を気にせずに喋る事が出来る。
そもそも雷の魔導師である王太子と氷の魔導師である伯爵がこの中で一番強い為、護衛はそこまで神経を使わない。
「君が僕の娘を高く評価してくれているのは感じていたよ? あの大量の慰謝料は君が用意してくれたものなのだろう?」
「……そんな事くらいしか出来ませんからね」
王太子は少し瞼を下げて答える。そう、そんな事くらいしか出来ない。自分は既に第一王太子妃がいる身。謂われの無い理不尽に押し潰されそうになっている聖女を表立っては助けられない。不自由な身。
「僕にはね……、君の気持ちが少し分かるよ?」
「………」
「大聖女と雷の魔導師は生涯交わる事はない。それは何百年経ってもきっと変わらない。初代の聖女がそう決めた。血統継承の中に刻んだんだろうね。もし、ちゃちな陰謀がなかったら、君の妃は第二聖女だっただろう。君もとうに気付いている事だと思うけど、第一聖女は事実上の第六聖女。切り傷程度の軽傷を治す聖力しかない。もしくは皆無。そもそも魔導師の力は劣性遺伝と言われている。両親に魔法因子がなければ、遺伝しない。優性遺伝であるならば、血の継承はずっと楽だった。六大侯爵家だってこんなにも苦労はしていない。けれど、現実は劣性遺伝な訳だし、本来は第一聖女の家系から聖力の一番強いものが生まれるなんて考えられない。もちろん例外はあるけれど。例外は数が少ないから例外と言われるわけだし。そして卒業記念パーティーでの第二王子殿下の不祥事。君が参加してさえいれば、こんな大事にはならなかったのだろう? 偶然か必然かは答えが出ない事だけど、君らは巡り会わないように出来ている。建国の王は雷の魔導師であり剣士。エース家の初代当主も炎の魔導師でハイブリッド剣士。力の差などなかったと聞いている。彼らは親友同士だったからね。でも一人の女性を巡って諍いが起こる。国が二つに割れるところだった。でもこの女性、彼らの仲間の一人だった大聖女はそれを良しとしなかった。許さなかった。君らの血統継承の中に、決して裏切らない裏切れない盟約を刻んだ。命を代償にしてね。だから君らは今でも親友で、今でも決して国は二つに割れない。初代王妃は名誉王妃。亡くなった後に、悲しんだ初代国王が添えた位だ。子は一人も残していない。残したのは未来永劫消えない盟約のみ。君は感じているのだろ? 自身の血の中に。彼女の意志と聖魔導師の光の印を」
氷の魔導師はその薄い空色の瞳で、王太子を見る。
「国王の妃は、力の強い聖魔導師であらねばならぬ。理由は分かっていると思うけど、王宮に蔓延る権謀術数、毒殺。殺されない為には常に傍らに聖女がいなければならない。毒を含めば解毒し、刺されれば止血し、瞬時に容態を判断し聖魔法を展開する必要があるから。特に必要なのは王家の血統継承でもある雷の魔導師が王になる御代。聖魔導師である王なら、自身が気を失わない限り、自身の体に魔法展開を施せる。だが攻撃に特化している雷の魔導師の場合、そうはいかない。君には強い聖力を待った聖女の妃が必要。今期の聖女の中で聖魔法がずば抜けているのは第二聖女だということはきっと君が一番知っている。教会の横槍さえなければ、君は最強の聖魔導師とセイヤーズ家の後ろ盾を手に入れる予定だった。もちろんロレッタの後ろ盾はシトリー家ではなくセイヤーズ家だよ。王太子妃になるのなら、セイヤーズ家の養女になってから、嫁がせるわけだしね」
丘が夕日でオレンジ色に染まって行く。ここからは城下まで一望出来る。街も夕焼け色に染まって行く。
「君が本気になれば、第二聖女を無理矢理妃にすることも出来る。教会の不正を暴き、本来の聖力を明るみに出し、聖女等級認定をやり直せば良いのだからね? そうすればロレッタが第一聖女で君の妃になる。でも今日、君に会って、君の真意はそこにはないのではないか? そう思った。だってエース家の次期当主をあの場に入れていたからね。君の采配なんだろ?」
王太子であるシルヴェスターの瞳が夕日を受けて、黄色から濃いオレンジ色に変わる。
「……建国王の戒めですよ。大聖女を無理矢理手込めにしたから、彼女は死んでしまった。彼らは三人で幼馴染み、長じてからは、大聖女は炎の魔導師の恋人だった………」
自分が見た筈もないのに、瞼を瞑ると幼い日の映像が焼き付いている。それは貧しい村で、その日食べる物さえ満足に得られない暮らし。その中で、子供達が三人で笑っている。一人は紅の髪色をした少年。その横に彼を慕うように寄り添った空色をした瞳の少女。そして雷を操れる自分。僕らは三人で一つだった。焼けるような夕日と、砂の舞う荒野。在りし日の光景。
君に幸せになって欲しい。
終話になります。全四十七話になりますが、最後までお読み頂いた読者様、
読者様の存在が執筆のモチベーションになりました。感謝しております。
評価、ブクマ、誤字脱字報告ありがとうございます。校正して頂いているようで、とても助かりました。まだ短編のラストまで辿り着いていませんので、以後は不定期に書き足して行こうと思っております。








