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445【43】『神の錫杖』



 私の手に精霊樹の葉の光が映り込む。

 黄色い零れるような光。

 そうこれは木漏れ日だ。

 陽の下で、真っ直ぐに伸びた葉から零れ落ちる光そのもの。

 私の皮膚すら透過して、その先まで届きそうな光達。

 温かいような。

 それでいて懐かしいような。

 この一枚一枚に精霊の守りが宿っている?


 私はふと顔を上げる。

 この鉢に手を入れた時は、別空間に引きずり込まれると覚悟していたものだが、今まだ私はこのフェーン聖国に居続けている。

 引き摺り込まれるわけではなかった?

 杞憂だったの?


 恐る恐るフェーン聖国女王陛下の顔を仰ぐと、彼女は私と目が合い、その美しい口元に似つかわしくないほど口角を上げて笑った。


「御しやすいのう」

「…………」

「赤子のように御しやすい。素直で、殊の外、釣りやすい」


 私は喉の奥がコクリと鳴る。

 私、騙されたの?

 左手を鉢に入れたまま、どうして良いか分からない。

 手を出すべき?

 でもなんの抵抗もなく出せる気がしない。

 そんな確証に似た思いがある。


「言葉を変えれば可愛いとも云うがな」

「…………」


 私が奥歯を強く噛みそうになったとき、私の手に別の手が重なった。

 人の手の温もり?

 手の主は……。

 目の前には、片手を鉢に入れたシリル様とルーシュ様。

 二人の手が私の手を握る。


「ロレッタ、大丈夫。どの道、剣は必要なのだから。一緒に取りに行こう」


 シリル様の言葉に、隣に立つルーシュ様も頷く。

 そう。

 そうだ。

 そもそも罠っぽいことは分かっていたのだ。

 分かっていて、この光の鉢に手を入れた。

 ならば迷うタイミングではない。

 迷うならば手を入れる前。

 後退は求めていない。


「さあ、聖女よ。そして王と紅の魔術師。お前達の武器への扉を選ぶがよい。その扉の奥が武器庫へと繋がるのだからな。血統継承を受け継ぎし者であるならば、おのが武器が其方達を導いてくれよう。しかし、武器を欺く者であった場合、命の保証はできないがな」


 そう言って女王陛下は高らかに笑われた。

 なぜそんなに悪そうな顔で高らかに笑うのですか?

 あなたは味方ではないのですか?

 敵ではないですよね?

 そこまで考えて私は頭を振る。

 敵とか味方とかシンプルな二択ではないのかな。

 彼女は私の味方ではなく、フェーン聖国を背負うもの。

 つまりは精霊の味方。

 それだけが、嘘偽りのない真実。

 ならば、王宮に囚われた精霊を助けようとする私達の敵ではない。

 今、一旦はそういう立場にあるはずだ。


 私達はこの葉の奥に隠された武器庫に言って、私は神の錫杖を。ルーシュ様は地獄の業火(ヘルフレイム)を。シリル様は雷王の剣(仮)(トニトルスマスター)を手にするんだ。


 女王陛下が言うように、確かに王宮は丸腰で出向くところではない。

 あんな厳重警備を掻い潜って、人を一人攫って来なければいけないのだ。

 万全で行くに越したことはない。

 それに。

 私は伝説級の武器を見てみたい。

 絵本の中でした見たことのない武器。

 そういえばだけど、七賢者の末裔は、王も、紅の賢者は勿論、紫の賢者も蒼の賢者も翠の賢者も誰も古の武器を持っていないじゃないかという。


 はっきり言ってシトリー家に武器庫という高尚なものはない。

 鍵など万年掛かっていない埃だらけの空き部屋ならあったが。

 もちろん武器的なものはなかった筈。

 我が家の住人に剣士はいない。

 皆、魔術師だ。

 家人は別だが家族はそう。

 水の魔導師の血統継承者はどんな武器を使っていたのだろうか?

 私は思い浮かべて、もやもやもやもやと記憶の中をさ迷う。

 駄目だ。思い浮かばない。

 格好いいハイブリッド剣士といえば、王と紅の魔術師と決まっているから、剣ではないのだろうということくらいは分かるが。


 たぶんそう。

 見えにくいものなのだ。

 きっとそう。

 所謂武器武器した見かけではないのだろう。

 紫の賢者に限っては隠し武器もありそうだが。


 私は今、蒼の賢者の武器に思いを馳せている場合ではない。

 神の錫杖とやらを探がさなければならないのだ。

 形状はまったく分からないが。

 うん。何故こんなに分からないのだろう?


 そう考えて背筋がひやりと冷たくなる。 

 先程、女王陛下が言った言葉が脳裏を掠める。


『武器を欺く者であった場合、命の保証はできないがな』


 いやな言葉だ。

 つまり武器を欺く者とは、本来の保持者ではない者という意味だろう。

 保持者なんて。

 本来の保持者なんて、どうやって分かるんだろう。

 それはもちろん、王太子殿下は王家に生まれた王家の跡継ぎであり、そもそも雷の魔導師なのだから決定でよいだろう。間違えなんてあるはずがない。正真正銘の建国王の末裔、彼の血を継ぎし子孫で間違いはないのだ。

 

 ルーシュ様だって、エース侯爵家の嫡男。エース家自体が初代紅の魔術師が創設した家なわけで、そこの長男であり、高温の炎が顕現している以上、疑いの余地はない。


 でも――

 私。

 私ってどうなの?

 そもそも蒼の魔術師本家の生まれではないというか。

 もっというなら、蒼の魔術師の分家に生まれた聖魔導師という、なにか小物感というかそういうのない? 生まれたの侯爵家じゃなくて伯爵家だしね! 伯爵家ってゴリゴリの魔導師ではない家もちらほらあるくらいなんだよね。魔術師でなければ当主になれないのは侯爵位から。つまり伯爵以下は魔術ではなく、剣でその領地を守る領主もいるわけだ。


 だって私、錫杖の形状を知らないんだよ?

 良く考えたらどうやって探すのさと言いたくなる。


 神の錫杖。神の錫杖。神の錫杖。


 その名の雰囲気的には神がお持ちの杖のようなもので良いのかしら?

 それっぽいものを思い浮かべてみる?

 それで吸い付いてきた葉が私の扉だろうか?


 私は一生懸命、神が持ちし錫杖に思いを馳せる。

 長くて、素材は何にしよう?

 木っていうのも色的に神様っぽい気がするわよね?

 樫の木がいいかな?

 まずはシンプルに樫の木の杖を思い浮かべてみよう。

 そうしよう。


 私は賢明に想像上の杖を思い浮かべてみる。

 よく挿絵に描かれていそうな。

 絵本にも描かれていそうな。

 白木の杖。

 一番メジャーなのではないだろうか?


 白木の杖。白木の杖。白木の杖。


 そして何も起こらなかった。

 葉が私の手に吸い付くことも、寄ってくることもなく。

 ただそこにさらさらさらさらと流れるように浮いている。


 シリル様、ルーシュ様、私……。

 神の錫杖が分かりません。

 扉を開くとか開かないとか、そういう場所にも立っていません。

 随分前で立ち止まっている模様です。





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