【044】『君の気持ち』
「元第二王子のバーランド君が捨てたものの総額分かるかな? きっと君の第二の人生がスタートすれば、その価値の計り知れなさが分かるかも知れないね……。怪我をした時、直ぐに治して貰えない痛み。空腹でも食べ物がない惨めさ。働いても働いても暮らしが楽にならない現実。君は元王子だから誰かに頼めば施しくらいは受けられるかも知れないけれど。感謝を知らない人間に施しは続かないものだし、『真実の愛』って凄いね。僕なら決して捨てないだろうね。身分も金も権威も」
お父様がまるでダメ押しのように、元第二王子に語っている。いや、不味くないかな? 彼は今直ぐにでも爆発しそうな程、怒りを溜め込んでいる。お父様、相手を見て下さい。そんな涼しい顔で高見からお説教のような事をしないで下さい。
身分とお金の計り知れない価値って、お父様は分かっているんですか? あなたずっと坊ちゃんじゃないですか? 今だって自信満々にセイヤーズ家のお兄様に守って貰っているような事、言ってましたよね? お金はまったく無いが、飢えるということは無い。
そう言えばお母様の生まれは尊い血筋で、公爵家に生まれた公爵令嬢だ。実母が王女でお祖母様が王妃。生粋の聖女の家系と言っても過言ではない。ちなみに母の父は公爵家当主であり聖魔導師。
聖女は基本王家が独占しているのだが、王女は結婚と同時に降嫁する。もしくは婿を取る。王族のまま聖女として公務を続けても良いのだが、そうすると血統継承が途絶えてしまう。すると次世代では聖女が減ってしまう為、基本的に臣籍降嫁。
その流れでいうと、お母様は聖魔法の魔力素養を持って生まれ、聖女になり、王子妃になる流れが自然となる。ただ、兄弟同士の子供、つまり従兄弟の場合は、王子妃を免除されることが多い。駄目という程ではないのだが、公爵家がそもそも王家の親族で、そこに王女が降嫁して出来た娘なので、親族過ぎるという考えなのかもしれない。
しかし、母は聖魔導師だけど聖女だったとは聞いてない? 詳しくその辺り聞いてみたいな。良い機会だから昔の話でも聞いてみよう。
「……シトリー伯爵」
第二王子が重い口を開く。
「別に身分も金も権威も捨てた覚えはない。自分は第二聖女との婚約破棄を希望しただけだ。元より身分と権威の価値は分かっている。だからここ二、三日の事の成り行きに驚いているくらいだ」
「ほう? では卒業記念パーティーで一方的に娘を振った時は、そんなつもりは微塵もなかったと」
「もちろん。微塵もない。そもそも王子である事に誇りを持っている。あなたにとってのセイヤーズ家と同じだ」
「それはそれは」
「だから、今も元に戻る方法を考えている。元に戻ればいくらあなたが権勢を誇る六大侯爵家の次男だとしても、王家の方が身分は上だ。シトリー伯爵等に後れを取る存在ではない」
「確かに、戻れば身分は上だね。しかしバーランド君の考えを知りたい。身分は戻っても聖女を娶らなければ、行く行くは臣籍降下する事になる。公爵家及び侯爵家の当主条件は魔導師。すると伯爵以下に降下する事になる。身分が上とは言い難いよ? どうするの。知っていると思うがミドルトン男爵家には息子がいる。そしてココさんは平民。平民で王族になれるのは魔導師のみ。知っているよね?」
「伯爵、そんな条件は今知った」
「今、知ったんだ」
「そんな魔導師優勢の法など変えれば良いだけの事」
「へー。変えるんだ。凄い意気込みだね。ガンバレ」
お父様のガンバレが棒読みになっている。全然応援なんかしてない。してないどころか自分の都合で法を変えていく馬鹿? くらいに見ている。
「おい」
「……何でしょうか」
お父様ではなく私に矛先が向いた。
「お前は俺が大好きなんだよな? 分かっているんだぞ。あの日着ていたドレスは俺の瞳の色をしていた」
それ黒歴史です。
「だから、俺がしばらく可愛がってやる。婚約破棄は法が変わるまで延期しよう。それが一番良いだろう。お前は大好きな俺といられる。俺は王子でいられる。ココは賢くて聞き分けの良い女だからな、暫くは恋人のまま待たせても大丈夫だ」
私は絶句した。酷い男だ。言葉にならないくらいの塵。私は目の前に座っている利己的な男を見る。こんな男の何が好きだったのだろう? いや好きとかじゃないと思う。それこそ政略結婚の最たるものだったのだから。そういうものと思っていただけだ。
あの日あの時、茶色いドレスを纏っていたのは、彼が恥をかかない為だった。婚約者がお互いの瞳の色を身につけるのは礼儀のような決まりだから。だからなんの迷いもなく、茶色いドレスと琥珀を買った。そして売った。もう手元には残ってない。茶色のドレスは二度と着ない。そもそも私に似合わない。全然似合わなかったのだ。








