438【36】『フェーン聖国Ⅴ』
「ちょっと待て」
私が女王陛下の言葉と予定に茫然としていると、シリル様が私に代わって声を上げる。
やっぱり気になりますよね? 気にならなければ嘘ですっ。
「何を勝手に決めている。ガールズトークとやらもどうかと思うが、そこは目を瞑るとしてもだ」
そこは目を瞑るんですね?
建国王の最大の後悔というテーマでしたよ。
王の末裔としては気になりそうですけども。
「ロレッタに可愛い妖精のようなドレスを着せると言っていたな」
?
そこ?
そこは誰も気にしていないところだと思うのですが。
そこじゃないですよ、シリル様。
明日王宮に行く云々のところを突っ込まないと。
妖精のようなドレスとか雪玉草のドレスとか、ドレスの生地は至って無害な部分ですからね?
「結論としては我の白い雪玉草のドレスを着せると言ったな」
女王も負けじと言い張る。
そこもやはり力いっぱい言い張るところではない。よね?
「今日はそうかもしれないが、婚約式では炎の魔導師の色である紅いドレスを纏わせると提案したか?」
「したがどうした?」
女王はシリル様を更に挑発するように笑う。
「紅の魔術師と聖女であるロレッタは婚約していない。そんな提案は無効だ」
「婚約者の色を纏うのはアクランド王国のルール。このフェーン聖国に持ち込むこと許さぬ。フェーン聖国は精霊の国。自由を愛する国。自分の心の赴くままに生きる国。自分を嘘偽りで操らない国。それが我が国の誇り。精霊の求むる所。纏いたい色を纏う国よ。アクランド王国王太子殿下は何か文句があるのかえ?」
「ある。アクランド王国の聖女として婚約式に参加する以上、聖女の正装をしてもらう」
「それはお主が決めることではないわ。本人である聖女が決める。本人の意志こそ至上だと申した筈だが?」
「彼女が所属する国の意志だ」
「笑わせるな王太子。国の意志ではなく、其方の意志だろう。すり替えるでない。我が婚約式に参加する者、国の意志ではなく、王太子の意志でもなく、本人の意志で纏うドレスの色を決めてもらう。それこそこの精霊国の女王の婚約式に相応しい。何度も言わせるな」
「では、紅以外の色も彼女に提案する」
「それは其方の自由。止めはせぬ。黄色でも纏わせるか?」
「第五王子の婚約式には黄色の生花を差した聖女正装を用意する」
「それはそれは、最後の最後で押しが弱いことよ」
「弱くはない。尊重していると言って欲しいな」
「ほう。ものは言いようだな。しかしどうであろう? 先程本人がはっきりと紅いドレスを纏うと言っていたが」
「言っていない。アレは女王が誘導した」
「では、いっそ今聞いてみるか?」
「聞かない。今詰問したらそれこそ誘導になる」
「……ふーん。其方は根底では全く変わっておらぬ。そんなことをしているから見失う。何故黄色のドレスを用意すると言わない」
「ハイエルフはやはり縮んでもハイエルフということか? 人間種の機微が全く分かっていない。断られるに決まっていることをやるのは無意味。勝機を見い出してから勝負に出ることこそが常道」
「ふーん。王のくせに自己評価が低いわ」
「別に低くはない。冷静だと褒めてくれていいぞ」
「褒めるより褒められる方を好んでおる」
「みんなそうだろ」
「人間もそうなのか?」
「そうだ。褒められるか嬉しい。褒められるから自分を肯定出来るようになる。褒められるから存在価値が上がるんだよ」
「ほう? 王も人らしいことを言うな?」
「当たり前だろ。王は王の前に人なのだから」
「……そうよな。忘れていた感覚よ」
「思い出してくれて嬉しいよ」
「そうか、其方は黄色のドレスを提案したら確実に断られると思っているのだな?」
哀愁を込めて、女王がシリル様を見る。
「やってみなければ分からないことであるのにな」と。
そんな風に女王は小さく呟いていた。
「……あの」
私は怖ず怖ずと声を上げる。
上げますよね?
上げずにはいられませんよね?
だって私が着るドレスの話ですし。
もの凄く私事。
「……私、シンプルに水色のドレスか聖女の正装にします」
言い切った。
ハッキリ言い切ったよ、私。
紅も黄色も良いとは思うのですが、ちょっと政治的に不味そうなので、無難に父の瞳の色でも纏おうと思ったのですが、それだと新調しなければならない。
やはり聖女の正装にしよう。
せっかくの良い服なんだし。
「聖女よ」
「はい」
「そういうつまらん意見はいらぬ」
「え?」
「つまらぬではないか。なんの余興にもならぬ。刺激もない。我はそういうのを好まぬ。憶えておくがよいぞ」
憶えておくがよいぞと言われましても。
「紅か黄色か二択なのだ。我の婚約式なのだから、我の意見を立てよ」
いや、さっき自分の意志を大切にせよと。
精霊の国は自由を愛する国。とまで。
つまりフェーン聖国は女王陛下の意志を大切にする国となってしまうではないか。
それ即ち独裁ですっ。
「陛下。私は決めました。聖女の正装で参加させて頂きます。それが私の意志。聖女の誇りです」
「其方がそこまでハッキリ申すなら尊重する。では胸に着ける生花は黄色にするか紅にするか?」
「それは、陛下と第五王子殿下へのお祝いの気持ちを込めて考えます」
「……聖女よ、いかにもその無難に纏める癖は抜けぬか」
「癖なのか癖ではないのか分かりませんが、三方良しなのではないかと」
「三方良しではなく、三方結論なしというのだ」
「…………」
「心して向き合わねばならぬぞ」
「?」
ドレスの色とですか?
「茶色のドレスだけは着ません」
「……茶色の話は誰も聞いておらぬ」
「でも、私が着た直近のドレスです」
「それはまあ行く先不明の迷子というものだろう」
「…………苦手な人の色で包まれると、心に不安が広がります」
「なるほど。では紅と黄色は好きな色なのではないか?」
「好きな色です。見ているだけでとっても落ち着きます。安心します」
「ならばその色を纏うのが正解なのではないか?」
「え? 紅と黄色のマーブルがですか!?」
「ん? マーブル」
女王も私も少し頭の中で想像しているよな空白の間があった。
トマトソースとマスタードソースのようなドレス?
奇抜?








