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436【34】『フェーン聖国Ⅲ』




「聖女よ、久しいな」


 私はフェーン聖国の女王に「久しいな」と声を掛けられた。

 彼女の瞳は湖の底のような翠色をしている。

 どこまでも深い深翠。


 「久しいな」と言われても、私達は初対面。だよね?

 なので「久し振り」というよりも「初めまして」の所でのですが、「久しいな」と挨拶を受け「いやいや初めてですよ?」と返す程の度胸は私にはない。

 あちらが「久しい」と言っているのだから、「お久し振りでございます」が正解だろう。


「お久し振りでございます。女王陛下」


 私はカーテシーを取る。

 相手は一国の女王だし。

 自然とそうなってしまった。

 ちなみに私は町娘みたいな洋服の上に、ずぶ濡れという。

 でも一応、うん。


 しかし、そんな考え抜いた? 挨拶だったにも関わらず、相手の女王は少しきょとんとしていた。

 あれ? 私、間違えた?


「憶えておるのか?」


 ややの沈黙の後、女王はそんな言葉を口にした。


「何をでしょうか?」


 私は首を傾けて女王にお伺いした。


「記憶だ」

「記憶でございますか?」


 記憶力は割合良いはず。


「しっかり記憶はあります」

「あるのか?」

「幼少期から今まで、きちんと記憶しております」

「ん?」

「え?」


 私は小さな王女様との間で、目を見合う。


「やはり欠損か?」

「? 欠損しておりません。はっきりございます」

「何故其方だけ欠損するのであろうな?」

「?」

「不思議な。実に不思議。大元であるのに、その大元が一番綺麗さっぱり忘れておる」

「……あの、私が何の大元なのですが?」

「魔法だ」

「魔法」

「転生輪廻の大魔法」

「転生輪廻の大魔法ですか?」

「そうよ」

「? 凄い魔法ですね?」

「……人ごとみたいに言っておるが其方の魔法だからな」

「そう言われましても……間違いなく他人事と言いますか……」

「…………悲しくて、悔しくて、あんな大魔法を掛けたのであろう?」


 であろう? と言われましても。

 皆目見当が付きませんっ。

 でも取り敢えず――


「……魔法は数式ですので、感情的に掛けたりはしないと思いますが」

「いや、怨念と憐憫と後悔と贖罪とそんなものが()い交ぜになった(すこぶ)る感情的な魔法だった」

「怨念と憐憫と贖罪って、響きが凄い言葉達ですね……」

「そうだ。凄かったぞ。なんせ命をかけた大魔法」

「……それは初代王妃陛下の大魔法のことを言ってらっしゃるのですか?」

「そうだ。後の世にも有名な伝説の聖魔法」

「私も知っております。命をかけた楔の魔法と言われています」

「そう。楔の魔法であった。其方は鮮明な記憶が楔になる理由が分かるか?」

「記憶が楔ですか?」

「そう。雷の魔導師と炎の魔導師が記憶を持ち続ける。何度生まれ変わっても必ず鮮明な記憶を持っている。だから契約はいつまでも新しいまま。古びることは永遠にないのだ」

「なるほど。そう言われてみれば、そうなのでしょう」

「彼らは恐ろしく長い間、自分の犯した罪の記憶を抱え続けているのだ。なんとも哀れというか、残念というか、エルフと似ているというか、同士が出来て嬉しいというか、弄りたくなるというか、そんなような状態なのだよ」

「……結構辛そうですが……。生きていると後悔色々ありますよね? 具体的に御存知なのですか?」

「御存知だとも。有名だからな」

「有名なのですね? 私は知りません。建国記に書いてありますか?」

「書いているわけないだろう。そんなプライベートなこと。書いてあったら王は顔を上げられなくなるぞ」

「顔を上げられないほどの恥部」

「そうとも。王など恥ずかしがり屋では務まらぬ立場なのだが、そればっかりは恥ずかしいことじゃ」

「……では、ここで私がこっそり聞いてはまずそうですね」

「ここではまずいが、今晩我の部屋でガールズトークでもすればよい」

「ガールズトークですか? 未経験です」

「そうであろう。そうであろう。何せ我も女王であるからな、そんな乙女びたとこはしたことがなかったのだが、寿命に限りが派生したからの、なんでもやりたいことはやってみることにした。三段のティースタンドを用意して、洒落た茶会でもしようではないか。我のドレスを貸してやろう」

「……サイズが小さいと思いますけども」


 無理矢理着たら、破ってしまいそうです。


「案ずるな。徐々に縮んでいったからの、どんなサイズでもよりどりみどり。其方のサイズも間違いなくあるだろうよ」

「成る程。少しずつお小さく……」

「妖精のように可愛く着飾ってくれるぞ」

「妖精?」

「ふかふわでひらひらで羽のような美しい衣よ」

「……透けないやつにして下さいね」

「そういう部分は抜かりない。透けそうで透けてない品の良いものを与える」


 透けそうで透けていない品の良い物?

 それ、だいじょぶ?


「一応、透け感がないものが希望です」

「ほう。そうか。ではとっておきの雪玉草のドレスを貸してくれるぞ」

「……雪玉草のドレス」


 それは私の持っている雪玉草のポーチにとても合いそうではないですか?


「黒い雪玉草でしょうか?」

「残念ながら、ハイエルフは黒は纏わん。それはドワーフの色ではないか。持っているわけなかろう。其方も聖女なのだから白にしておけ」


 …………黒は黒の君の色だから纏わない。

 エルフらしいと言えばらしいと思う。

 ドワーフとの仲があまりよろしくない。

 連綿と続く相性のようなもの。


「炎の魔術師の瞳の色である、紅いドレスを貸してやろうと思わなくもないが、紅も持っておらんゆえな」

「ルーシュ様の瞳の色!?」


 私は想像してなんだか気持ちが上がるのが分かった。

 紅色には力が宿っている。

 いつか纏ってみたいな?

 でも御主人様の色なんて纏って迷惑じゃないのかな? 

 紅い宝石も付けて、ドレスも紅くて、あなたで包んで……みたい。

 私は自然と顔が紅くなってゆくのが分かった。

 顔まで紅くならなくともっ。


「紅いドレス! 想像するとドキドキします」

「ほう。着たいのか? ならば我がデザインして使わす。我の婚約式にでも羽織ればよい」

「え?」

「え? ではない。準備が整い次第第五王子と婚約する」

「とっても速いのですがっ」

「ああ。速くて悪いことはないだろう」

「悪いことなんてありません。嬉しいことだらけです」

「そうであろう。そうであろう。我は精霊関連には迅速に行動する」

「素敵ですね」

「もっと褒めろ」

「流石女王様です!」

「もっともっと褒められると気分がいい」

「女王陛下がフェーン聖国を守っていらっしゃるから、精霊達も安心して暮らせるのですね」

「我は精霊と共にある。明日にでも精霊を迎えに行き、序でに第五王子も掻っ攫ってくれる」

「え? かっさ?」

「掻っ攫うだ。聖女よ最後まで発音しろ」


 いや、発音しろと言われても。

 掻っ攫うで合っていますか?

 合ってるんですか?

 凡そ女王の口から出てくる単語じゃない。

 だがしかし、私はつい先日彼女のお兄様にあたる翠の領主様の口からかっぱらう的な言葉を聞いたような……兄妹なんですね? 発想的に。


「明日と言いましたか?」

「言った」


 明日?

 今日の夜、女子会をして明日?

 急過ぎて現実味がないのですけども?

 本気で言っていらっしゃるのでしょうか? 


「事後処理等というどうでも良いことは、王太子と兄上がしてくれるであろう」


 してくれるであろうって?

 あの傑物である王妃陛下をお相手にですか?

 あの方、一筋縄ではいかない感じなんですけども。


「迅速というか神速ですよ?」

「神速も良い響きだ」


 好きな響きでしたか。


「あの、ところでどうやって」

「どうやってもこうやっても決まっておろう」

「?」

「なんの為に其方達は水の中を移動したと思っているのだ」

「私達は何のために水の中を移動したのでしょうか?」



 そこに繋がるんですか?

 吃驚です。






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