433【31】『光の葉』
転移の魔法陣に囚われる感覚は変わらない。
一瞬の浮遊感と、瞼の先に広がる虚無。
私は水に巻き込まれるようにして、重さの知覚できない空間に放り込まれる。
それと認識する間があったのか、それともなかったのか、瞬きするよりも刹那の刻だったのは確かだと思う。
前回との大きな違いは直ぐそこ、体が触れあえる近さにルーシュ様とシリル様がいてくれたこと。全然認識出来なかったけども。
この魔法磁場に強引に引きずり込まれるとき、なんとも言えない恐怖を味わう。
贖うことの出来ない、そうまるで、自分が自分でなくなる無の中にいるような感覚なのだ。
失敗すると、私はこの磁場に飲み込まれて、藻屑になりそうなそんな予感がする。
そしてその感覚はきっと正しいんだと思う。
そもそも私は私として構成されているのかな?
そんなことすら分からない。
魔術師達が集うお茶会の庭は王都。
そして終点がシトリー領の領館だったのが前回だが、今回はの終点はどこなんだろう?
まったく予測がつかないところが恐ろしい。
あの魔法陣のサイズだ。前回より遠い? それはどこ?
王都ではないことは確かだ。
前回と座標が違う。
もっというとそれどころの違いじゃなかった。
たぶんそれは――
そんな警鐘が脳裏に走った瞬間、私の体に強い重力がかかる。
凡そ地上の重力じゃない。
五倍とか六倍とか。
体重が十倍くらいに感じる。
体感そんな感じ。
その感覚の後にくるものは決まっている。
それは投げ落とされる感覚。
この感覚も怖いと言えば怖い。
私が目を固く閉じた瞬間、強烈な光を感じホワイトアウトする。
◇◇◇
次に目を開けた時、私は強烈な光の中で、のたうち回るように咳き込んでいた。
水が……。
これは絶対に水の弊害。
私が最後に飲み込んでしまった水が、体内に吸収されることなく、喉の奥を圧迫して噎せた。
その噎せた水が気管支に入り込み咳が止まらない。
水はやめた方がいいよ?
水と一緒に転移なんて自殺行為だよ?
私は涙目になりながらゼイゼイと息をつく。
聖魔法も水魔法も掛けるタイミングを逸している。
そもそも噎せたからって、聖魔法や水魔法を展開する魔術師なんていないけど。
だって病気や怪我じゃないしね。
咳き込んでれば治るんだけど。
苦しいという話。
「水場からの転移は苦しそうじゃの」
「…………………………そうですね」
「この実験は失敗ではないか?」
「…………………………」
噎せ返る私の前に人が居る。
その人達が、私達を冷静に眺めながら何やら話し合っている。
はぁっ、何それっ。と内心思う。
何が苦しそうじゃとか失敗だとか。
人を実験台にしないで欲しいんだけど。
しかもこんなに苦しんでいる三人がいるのに、そんな他人事のような感想。
まあ、見紛う事なき他人事なんでしょうけども。
そう思ってシリル様とルーシュ様を確認したら、彼らは別に噎せてなかった。
え?
なんで?
どうして?
同じように強制転移させられたのに。
噎せていないんですね?
私だけ。
頭上に降ってきた声の主。
男の方は知っている。
忘れもしない紫の魔術師。
この転移魔法の主だ。
今回は終点にしっかりいた。
前回は迎えもしなかったのにね。
つまる所、今回の方が危なっかしい転移だったということで合ってる?
いやな答え合わせだったな……。
しかもシリル様は噎せていないどころか笑いを堪えている感じだ。
転移される瞬間も水の中なのに、ぶくぶく言いながら笑っていたしね。
笑いが続いているんですね? 持続性高い。
「ロレッタが水の中で、光の結界。水ごと結界に……」
あ、そこ。
そこが可笑しかったんですね。
あれは、確かに考えられないくらいのミスではあったが。
「あんな転移の磁場に囚われながら、光の魔術を練ったことにも驚愕したが、それで自分を包み込むなんて、面白過ぎないか……」
「…………」
私、なんか居たたまれない。
「ロレッタはいったい何がしたかったのだろう?」
いや、それなっ。
「ロレッタは息を確保しようとしたんだろう?」
ルーシュ様の冷静な突っ込みに場が一瞬しんとなったが、その沈黙を破って再度シリル様の笑い声が響く。
「その所為で、きっと今噎せてるんだろうね?」
「それだけじゃないだろうが、しかし、その所為もあるな」
「あるよね?」
「あるある」
光が降るこの場所で、シリル様は一頻り笑い転げた。
その頃には私の咳も止まり、そして、こんなに楽しんで貰えるのなら、あの無駄魔法も無駄じゃなかったのかな? と前向きに捉えるようになってきた。
そんなこともある。
色々ある。きっと。
けれど――
私は空を見上げる。
空というような室外ではないのだが、高い天井から光が降るように注いでいるのだ。
陽の光とは違うそれは、木の葉のようなもの。
それが光り続けているのだ。
後から後から止まることなく降り続ける。
それは幻想的で――
そして、まるでこの世じゃないようなそんな所。
そんな場所に憶えはありますか? と問われれば、憶えなんかありませんとしか答えられない。
でも――
私はこの幻想的な世界を絵画の中で見たことがある。
それは建国記に記された名場面を絵にした絵画。
王立図書館の廊下に飾られていた。
あの光の国の絵にとても似ている。
私は零れてくる光の葉を見上げながら、この国の名を口にしていた。
そうそれは――
フェーン聖国。








