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430【28】『湯に咲く花』





 池を作って一息ついた私達は……寒かった。

 五分と経たずに体が凍り付いたね?

 小川の水だから。

 冷たいこと冷たいこと。



 私が顕現させた水魔法は、即席の池を水でいっぱいにしたところで魔法解除。

 そのまま光魔法で底の部分にもシールドを張った。

 これで五面が完全にシールドとなり、水漏れがなくなる。

 地に浮いているような、ぎりぎり付いているような、そんな池。


 せっかくなので泳ごう? という謎の提案を受け入れて、私達はなんとなく流れで泳ぎ出したはいいが、普通に寒いわという。


 水気持ちいいというより、冷たい。

 震えるレベル。


 ルーシュ様に、温度を上げてよ? 紅茶みたいに。と言われ。

 水をこれだけのリットルで顕現させた後、光シールドを張った上に、水の温度管理ですか?

 御主人様、鬼畜仕様で気持ちいいです。


 なので私は水の温度を上げた。

 最初は二十度くらいで、冷たくないかな? というところで止めたのだが、だんだんだんだん二人のリクエストを受け、温度は上がってゆき、最早これは池というより温泉だよね? という四十度前後。


 三人で温泉地に来たのですか? というような寛いだ塩梅です。

 服着てるけど。

 温泉というのは、地中から湧き出るお湯を貯めたもの。

 マグマや地熱で温められたものをいうのだけど、特に黒の領地は温泉が多い。

 山が多いからね。


「どうですか? 湯加減は」


 そんな問いを発しながら、いよいよ私達は何をしているんだろうという疑問が沸き立ったが、気にしない。これはきっと流れだ。それ以外の何ものでもない。

 影が見たら顎が外れそうな流れだな? などとちょっと冷静に思うが。



「気持ち良いですか?」


 そんな風にルーシュ様に聞いたら、彼が濡れた髪をかき上げながら、こちらを見た。

 あれ? なんだかとても色っぽいですよ? 御主人様。

 服着てますけどね。


「……私、ルーシュ様が髪をかき上げる姿を見ていたら、少しドキドキしました」

「へー……。それはそれは」

「何かこう水が髪から滴って、水滴がついて、それをまたこう手で拭く姿がなんとも」

「なんとも?」

「なんとも言えず、目が離せないといいますか」


 あ、アレ? 

 私、鼻の奥が熱くなってきた。

 のぼせるの?


 御主人様と一緒に温泉?

 

 気持ちいいねロレッタ?

 そうですね御主人様。とか言いながら、温泉(ただの川の畔)に入る。

 木々の間(桑の木)から青い空が見えて、光が零れて水面に反射する。

 そして少し離れた所に王太子殿下が……。王太子殿下……。


 私は幾分か振りにシリル様を見る。

 彼は目を逸らさずに、こちらをじっと見ていた。


「今、ルーシュと二人の世界に入っていなかった?」

「…………いません、よ?」


 いえ、実はがっつり二人の世界に入っていました。

 目の前がルーシュ様でいっぱいというところまで。

 だってお湯に入るところもまた素敵で。

 流石、私の御主人様とまで思っていました。



「僕、服を脱ごうかな?」

「へっ?」

「だって、ここはまるで森の中の温泉だし」

「そうですけども」

「温泉ならば、服を脱ぐのが真っ当だ。後生大事に着ているものでもない」


 後生大事にって。

 別に後生大事に着ている訳ではありません。

 私達、落ちただけですからね?

 事故ですよ?


「でも水着がありませんよね?」

「……無くていい」


 いや。いいと言われてそうですかという訳にも。


「ここは少しアウトドア感がありますから、王太子殿下が裸になるには向いていないかと思われます」

「いや、誰もいないじゃないか」


 確かに私達以外はいないですが。


「影も見張っているし大丈夫」

「いえ、私もいますし」

「ロレッタは侍女でしょ?」


 侍女ですけれど。

 でも……侍女だからオッケーという訳には。

 一応なんというか未婚の子女だし。


「王太子殿下が未婚の子女の前で脱ぐとか脱ぐとか脱ぐとか連呼しないで下さい。ちょっと想像してしまうではないですか」

「へー。想像するんだ?」

「ちょっとだけですが」

「別に沢山想像してくれて構わない」

「いえ、私が構います」

「じゃあ、想像通りか脱いで上げようか?」

「…………」


 お湯から湯気が立ち上る。

 そんなに熱くはないのだが。

 外気は涼しくて。

 お湯は程よい熱さ。


 私の目の前の湯に一滴の紅い雫が落ちて広がる。


 これは桑の実?


 その雫が一瞬で広がって、湯の一部を紅く染める。

 

 私は手をそっと自分の鼻に当てた。


 桑じゃない?

 これは私の血。




 



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