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428【26】『聖地巡礼2』




 私達は昼食が入っていたランチボックスの籠を片手に掛けながら、本気で桑の実を摘んでいた。

 桑の実は赤からだんだん紫、濃紫と進んでいって、黒紫が食べ頃。

 いかにも闇の賢者の実という雰囲気がするではないか。

 実は普通に甘くて美味しいのだが。

 ちなみに桑の花の花言葉は一緒に死んでである。

 ……一緒に死んで??

 お花につける言葉にしては、やや不吉というか、なんだろう? 重い?

 一緒に死んでと言われても、どうなのかな?

 健全に考えれば一緒に生きての間違いでは? と疑いたくなるけれど。

 自分がどうしても生きられない状況の究極?

 桑の花は木の大きさからすると、幾分控えめな色とサイズである。

 むしろ実の方が明らかに目立つ。



 私達は一カ所目の名所『草原のベッド』を後にして、桑の実スポットに来ていた。

 どうでしょうか? この辺りを一面桑畑にするのは?

 山というか川縁というか、平地では全然ない。むしろ足場悪いよね? という所なのだが。


 ここに大きな桑の木が三本生えている。

 飛び飛びだけど。

 管理しているものではなく、自然状態のものなので小川に迫り出すように生えている。

 その上、高木。桑畑などは多分一定の高さに調整しているのだが、これはそういう訳ではないので、高い枝になったものは木に登って摘むレベルになる。


 子供の時分は夢中で木に登って沢山食べましたという話をシリル様にしたら、僕は子供の時分のロレッタを追体験してみたい? と言い出して、あれよあれよという間に夢中で桑の実を採ることになってしまったという。


 ちなみにランチボックスの中身は草原で食べた。

 シトリー領では(つい)ぞ味わったことのない、高級食材だった。

 それで少し疑っているのです。

 実はシリル様の別荘には、大型の冷蔵ボックスがあるのではないかと?

 もちろん父から購入したものではなく試供品のような扱いの。

 だって鮮度が良いんですよ? こんなに良いものですか? と言いたくなる。

 野菜が瑞々しくて、しゃきしゃきしたんですよ?

 冷たい井戸水に晒しただけという可能性もあるけれど。

 是非、別荘へ訪問した際には確認したい事項だ。


 私は桑の実を摘みながら、半分は口に運び、半分はランチが入っていた籠へ入れていく。

 やっぱり摘み立てはそのまま食べるのが一番贅沢だ。

 王都に行ってからは御無沙汰だったけれど、木の実を摘むのはいつでも楽しい。

 他にも胡桃とか栗とかもある。

 それぞれの季節に、それぞれの実がなるのだ。


 ふと、手を休めてシリル様とルーシュ様を確認すると、ルーシュ様は座り心地の良さそうな枝に腰をかけていて、シリル様は何か細い枝先まで攻め込んでいる。

 いやいやいや。

 王太子殿下が木登りというのも大概有り得ないが、あんな枝先。

 あれは危ないと思うな。

 細ければ細いほど不安定になるし、枝も折れる。


「シリル様、危ないですよ?」


 シリル様は私を振り返りにっこりとお笑いになる。


「木に登るなんて久し振りでとても楽しい」


 いや、それはそうでしょう。

 我が国の王太子殿下がちょくちょく木登りをしていたら、普通に面白い事件だ。

 それはないない。

 私だって久し振りだし。


「楽しくて良かったですね?」

「ああ。小さなロレッタがこうして一生懸命摘んだのかな? と想像しながら摘むと格別だ」

「?」


 格別ですかね?

 そこはそんなではないと思うのですが……。


「シリル様、そこまでのわくわくは謎ですが、桑の実の味は保証します。是非採れたてを食べてみて下さいね」


 桑の実はとても柔らかい。

 籠に入れると当たって傷んでしまうのだ。

 だから、持ち帰った頃には傷が多数付いてしまい、ジュースや日持ちするジャムに変える。

 市場に出回ることは殆どない果物だ。


 シリル様は摘み立ての桑の実を一つ口に入れる。

 細い枝の部分で片手を離した状態。

 食べる事を勧めたのは私だけど、実際シリル様が落ちてしまわないかとヒヤヒヤする。


「気をつけて下さいね」

「大丈夫だよ」

「大切な御身ですからね?」

「分かっている」


 ホントに分かっているのでしょうか?

 怪しいです。

 だって更に先の方に手を伸ばしている。

 何故、そこまで木の実摘みに攻め込む?

 もう少し気楽な感じで良くないですか?

 落ちると川縁からそのまま転がって小川に落ちそうな位置だ。

 石が所々にあるから、頭から落ちると危ない。

 土や草はクッションになって衝撃を吸収してくれるのだが、石は反発が強いから人の骨の方が砕けてしまう。


 黒の魔術師だったなら、土も石も味方なのだが。

 雷と炎という攻撃の二大双璧の側に、防御の強い土魔導師がいる意味は大きいなと思う。

 土の魔導師の特徴は鉄壁の防御。その防御力には王すら手を焼く。


 まあ、土の魔導師は鉱物の友達といわれるドワーフの君だからね。

 人間とは違う。彼らはそもそもが守りに強い種族。


 木登りというのは、やはり四つ足の、早い話、足の爪が食い込むタイプの猫のような生き物か、もしくは猿のように器用に握ることが出来る生き物が強いよね?

 人間はどうしても足の形状が木登りには向いていない。

 ブーツを履きながら言うなという感じではあるが。

 本気を出すならやはり裸足となるだろう。

 流石に王太子殿下とエース家の次期当主が裸足はな……。

 想像つかないなとか思う。


 枝の先の方は陽当たりが良く、実が多くなっている。

 見るからに美味しそうなんだよね?

 深追いしたくなる気持ちも分かる。


 私ももうひと頑張りしようかな?

 正直、桑の実だけでバスケットをいっぱいにするのは至難の業だ。

 一日掛かるよ? と思ってしまう。

 でも、明日の朝は焼きたてのパンと桑の実のジュースとジャムが食卓に並ぶとなると、俄然やる気が増す。


 本気モードに入ろうかな?

 シフトする?

 そう思いつつ再度視界にシリル様を入れた時、危ないと思った。

 危ないですよ! と叫ぼうとした瞬間、反転したのはシリル様の体ではなく私の視界だった。

 !?

 幹を掴んでいた手が滑り、体が回転して視界が空だけになる。

 危ない危ないと思っていたが、真実危なかったのは私――

 このままでは完全に手が離れた瞬間に落下する。

 どうしよう? 私。

 運動能力の高いシリル様やルーシュ様の心配ではなく、自分の管理をしなければいけなかった?

 そんな風に考えた瞬間、手が幹から離れる。

 完全に落下に入った。

 ここからは数瞬で地面に叩きつけられる。

 土の魔導師がいたらいいなとか、そんなことを言っている場合ではない。

 石は避けないと。

 石の配置を思い出そうと努力して諦める。

 そんな器用なことは出来ない。

 モーションやアクションのチャンスは一回切り。

 土は軟らかそうではあるが。

 如何せん高さがあるし。

 打ち所が悪いと気を失って、治癒魔術が展開できないかもしれない。

 それどころか、即死なら魔法展開も何もない。

 どうしよう?

 そう思った瞬間、小川が小さく視界に入った。

 そして地面に叩きつけられる。

 ――わけではなく、水に叩き付けられた。


 三人で。

 三人!?

 何故!?


 私を庇うようにルーシュ様とシリル様が左右から包み込んでくれていた。

 ルーシュ様は私より下の枝で涼んでいたし、シリル様は? むしろ私の上から降ってきた感じがした。

上からって?


 三人の質量だからか、大きな水しぶきが上がって、鳥たちが驚いて飛び立つ。

 いや、静かな小川のほとりが……大惨事。


 地面には魔法陣が出現していて、今もまだ水を大量に吹き出している。

 慌てていたからというか、考える隙もなかったからか、それはもう大量の水を出現させた。

 細かな立方計算など出来なかった。

 更に、水の周りを風が守るように吹いている。

 風が……。

 この場には水魔法だけではなく、風の魔法も同時に展開していた。

 水魔法の展開の方がコンマ一秒速かったのか、私達は全身ずぶ濡れ。

 

 

 三人の中に風の魔導師はいないから、あの魔法の主は影だろうか?

 シリル様、まさか影に風魔法を使わせるために、自分も故意に落ちた?


 私は私を支えてくれているシリル様を見ると、彼は私から視線を逸らした。


 視線をあからさまに逸らした?

 何故?


「ルーシュ様、影は護衛対象以外を助けたりはしませんよね?」

「助けないな」


 そう。連れが襲われたら、その連れを助けようと影は考えない。

 護衛対象の守りが手薄になるから。

 基本、連れに構わず護衛対象に集中する。

 連れなど王太子殿下の命の前では塵芥。

 そういうものだから。







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