425【23】『魔法研究所』
なんで我が国の王太子殿下の別荘がシトリー領にあるんだろう? という疑問も然る事ながら、その上、魔法研究所とキタ。
魔法研究所か。
夢みたいな響きかも。
魔導師ならば誰でも? かは分からないが、憧れる場所だ。
シリル様の別荘が、その実魔法研究所と化していたという事実。
考えれば即決の答えが出る。
それは素敵なことじゃないかと?
だってこの寂れた領に最先端? の魔法研究所があるというのだ。
最先端とは誰も宣言していないが……。
でも彼の王太子殿下が「大船に乗ったつもりでいた前」と高らかに宣言したのだ。
きっと期待できる内容なのだろう。だって大船……。
そこまで言い切ったのだから。
きっとそうなのかなと思う。
領主の娘として、こんなに嬉しいことはない。
今、この領は空前の魔導師人口増なのだ。
よく考えてみると、父に母に弟と私。この辺りはほぼレギュラー&準レジュラーな面子なのだが、領を立て直す為に、闇の魔導師の頂点であるアシュリ・エルズバーグがいる。
彼は腐ってもというか、腐ってはないかもだけど次期六大侯爵家序列五位のエルズバーグ侯爵家の当主。当主というのはイコールその属性で最強の魔導師ということの証明である。
更にお父様の妹であるセイヤーズ侯爵家の長女であるミリアリア叔母様。
彼女に関しては、属性領域の侵犯により、魔力を失っているかもしれないが、そうは言っても嘗ての魔導師であることは間違いない。魔導式は組める筈だ。
そして風の領主様。今も領内に止まっているかいないかは半々だと思うが、凄く気軽に遊びにいらっしゃられる雰囲気が漂っていた。
その上、紅の魔導師でルーシュ様と雷の魔導師である王太子殿下。
いや、考えるだけで無敵面子。
その面子で魔法研究か……。
壮大じゃない?
壮大だよね?
色々な事がいけそうじゃない?
勢いというかそういう類のもので。
よし。この流れのまま、少し勇気がいる案件を伝えよう。
言い難いことは、勢いに任せる必要がある。
「あのシリル様、ルーシュ様。一昨晩になりますけれど、居心地の悪いお茶会でですね、こんな話が出たんですよ?」
「どんな話?」
シリル様がなんでもないことのように聞いてきたので、私も何でもないことのようにさらっと話す。
「実はですね。利便性を重視するために、シトリー領と王都を転移ゲートで繋いでみようか? みたいな」
一昨日、アシュリ・エルズバーグと話した内容を出来るだけ丁寧に話す。
「え?」
「?」
シリル様の疑問の声に、私は再度同じ事を伝えた。更に詳細バージョンで。
「え?」
「ん?」
懇切丁寧に話したつもりだったが、伝わらない?
言い方が悪かったかな?
「あのですね?」
「うん」
「ゲートを」
「げーとを」
「設置しようかと」
丁寧どころか、一区切り一区切り話すものだから、カタコトのようになってしまった。
もののズバリ本質だけ切り込む。
「ロレッタ? なに言っているの? 大丈夫?」
「え?」
大丈夫って? 何が???
「シリル様?」
「なに?」
「私が何を言っているか分かりますか?」
「いやまったく」
「え? まったくですか?」
「いつの時代の話に繋がるのか、微妙に分からないでいる」
いつの時代って……。
そう来る?
「今の時代ですよ?」
「今の時代?」
「そうです。私やシリル様やルーシュ様が生きている今ですよ今」
「え? 今?」
私は助け船を出して頂こうとルーシュ様を見たら、彼はどこか遠くを見ていた。
ルーシュ様、どこを見ているんですか? 草しかありませんよ?
「芝居の話?」
「芝居の話じゃありませんよ?」
誰が見るんですか? ゲートが主役の話なんて……。
そこまで考えて頭を振る。
ちょっと待って。
今、名作が掠った気がする。
これ面白いんじゃない?
「あの、今、頭に浮かんだのですが、ゲート門から初代国王が登場する芝居演目はどうでしょうか?」
「え? 初代国王?」
「そうです。初代国王。みんな会いたいですよね?」
「そうなの?」
「そうですよ。少なくとも私はとっても会いたいです。良かったらロマンス小説にして、売り出してみませんか?」
「それ、喜ぶ人いる?」
「います」
「…………」
話が大筋から大分逸れてしまった。
「話は元に戻しますが」
「……うん」
「ゲートを設置しましょう?」
「どこに?」
「王都とシトリー領に」
「いつ?」
「二、三日後ですかね」
「…………」
考える仕草を見せたシリル様は、空を仰いだ後、ルーシュ様に抱きついた。
「僕は反逆罪で三日後に逮捕されるらしい。王太子でいられるのも最早これまで。この国を頼む」
そんな切々としたシリル様の言葉が、この何も無い原っぱに響いた。
何ですか? それ? 新手のコメディー?
「ちょっと何を言っているのですか、シリル様」
「こちらの台詞だよ、ロレッタ。そんな国家反逆罪みたいなことを言い出さないで? 言葉は選ばないと? せめてもう少し慎ましやかに伝えて欲しかった」
「慎ましやかに言ってどうするんですか?」
「慎ましやかに言われたら、聞かなかった事に出来る」
「ちゃんと聞いたことにして下さい」
「いや、忘れるとしよう」
「忘れてどうするんですか?」
「法を遵守し慎ましやかに生きる」
「えー」
「えーではない」
「どうせ私達はそのゲートで王都に帰るんですよ?」
「僕は来た道を馬で帰る」
「えー」
「それが普通だ。ルーシュもそうする」
「えー。ゲートがあるのに?」
「ゲートはない。あるなんて信じない」
「信じないと言われても」
「いや、譲れない。王子としての沽券に関わる」
「いえ、沽券には関わりません」
「いや、進退に関わる」
「そんな」
「そうとも」
「じゃあ、秘密裏に進めますね?」
「…………」
そこまで私が言い切ると、抱きつかれたルーシュ様がシリル様の頭をぽんぽんと慰めのように叩いた。
「ロレッタの話はいつでも三段跳びだな?」
そんな風にルーシュ様が言ったのだ。
三段跳び?
三回飛んだという意味ですか? それとも三段?
なんだかとっても心外です。