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421【19】『聖地巡礼1』





 シリル様が草原にうつ伏せになり、何度も何度も草地の匂いを嗅いでいる。

 そんなに?

 草の匂いをそんな??

 天下の王太子殿下が?

 草にうつ伏せ?


 シリル様は豪勢なランチボックスを携えて馬車で迎えに来てくれた。朝、約束をしたピクニック用にと。何かとても豪華仕様です。大きなバスケットに色々詰まっているのだ。

 シリル様の別荘には専属シェフがいらっしゃるのですね?

 素敵です。もちろん我が領館にはいません。

 どこで食品を調達しているのかな? シトリー領には市すら立たないのですよ? みんな自給自足というかで。 


「この草地がロレッタの思い出」


 そんなことを言いながら、再度草の匂いを嗅いでいる。

 あの……。王太子殿下? 草は一年で枯れますからね? 私の思い出と言えるのでしょうか? ちょっと危うい感じではありませんか?


「……ルーシュ。君は知らないだろう? ロレッタがどれほど草を愛しているか」

「ロレッタが愛しているのは薬草だろ」

「分かってないな。薬草と雑草は紙一重。今日の雑草が明日の薬草ということは枚挙に(いとま)がない」

「……へー」

「そうだ。最近の僕は薬草に詳しい。君より薬草学に精通している」

「……それは凄いな?」


 凄いなって……。

 ルーシュ様、棒読みですよ?

 そんな棒読みで良いんですか?


 三人で合流してから、私の思い出の草原に来ていた。

 ここは見渡す限り地面に這うような草が広がっているのだ。

 珍しいよね? こんな低い草ばかり。もっと荒れてしまいそうなのに。


 樹齢何百年という木が一本だけ生えていて、私はこの木に子供の頃から何度も登ってきたのだが、多分この木は普通の木ではない。精霊が宿っているか、神の守りの木なのか、何らかの特殊性があると思う。登りまくって言うのもなんだが。


 ちなみにこの草地は領有地だ。シトリー家で管理している土地。というか管理とは名ばかりで、何もしていないほったらかしの土地なのだが。詳しくは聞いていないけれど、きっとこの木を守るために囲ってある土地なんじゃないかな? そんな風に思う。


 ルーシュ様は仰向けになって瞼を閉じているし、シリル様はうつ伏せになって草の匂いばかり嗅いでいる。何か両極端だなと思ってしまう。


「どうでしょう? この草はリッピアと言うのですが、小さな白い花が無数に咲きますよ? 蜂蜜は採れませんかね? どうでしょうか?」

「……うーん」


 シリル様は小さく唸った。


「この素敵な草原に蜂の巣を置くの?」

「はい」

「うーん。蜂だらけ。草原が蜂だらけか……。悩むね?」

「悩みますか?」


 即断ではありませんか?


「それは、一度土地の主に聞いてみた方がいいかな?」

「主ですか?」

「そう。それまではやめておいた方が良い」


 主?

 主って?

 え?


「一応領主の土地ですよ?」

「そうなんだけどね」


 シリル様は起き上がって、木を仰ぎ見る。


「木のことですか?」

「多分ね」


 多分ですか……。

 多分。


「どうやってお伺いすれば良いんでしょう?」


 木ですからね?

 口は聞かないですよ?

 ホントですよ?


「まあ、確実なのは翠の領主に聞くことかな?」

「……なるほど」


 それであるならば、一昨日聞けば良かった。

 父達とスギナ茶会をしていたのだから。

 ああ、若干機を逃した感が否めない。


「……候補地をもう二三個上げておこう。色々な条件があるしね?」

「それはそうですね。賛成です。出来れば美味しい花の蜜が良いですからね? 白詰草とか蓮華とか勝手に咲く系が良いですよね?」

「……うん。勝手に咲く系が手入れがいらないからシトリー領には向いてるよね?」

「はい。なんせ人手がないですから。こう出来るだけ農夫さん達の負担のないサイドビジネスのような形にしたいんです」

「それはいいね?」

「夢がありますよね」

「確かに夢が詰まっているね」



 シリル様が優しく笑いかけてくれて、私もにっこりと笑い返す。

 素敵です。甘い甘い蜂蜜。考えるだけで蕩けそうです。

 空が高くて、風が心地よくて、翠の葉が揺れる。

 吃驚する程の穏やかな時間。




「翠の領主様と言えば、私、転移させられて一番にお会いしました」

「いたんだ」

「いました。紫の魔術師と翠の魔術師と蒼の魔術師。その血統継承者三人がスギナ茶を飲んでいましたよね? お酒みたいに飲んでいましたね、皆さん」

「それはそれは」


 シリル様は興味深げに相づちを打つ。だって凄いメンバーの会ですよね? 

 友達と言えば友達なのでしょうけども?

 アシュリ・エルズバーグと父は確実に学友なのですが、翠の領主様はいったい? 

 どんな流れでそうなったのだろう。

 フェーン領主とセイヤーズ領主の弟とエルズバーグの次期領主。つまり領主的な関係?


「私はそのお茶会に参加することになりまして、大変な居心地の悪さでしたよね」


 そこまで聞いて、そのメンバーを想像したのかシリル様は少し笑った。

 笑いますよね、このメンバー。大物過ぎというかそういうので。


「そこでスギナ茶の話で盛り上がったのですよ?」

「え? スギナ茶?」

「そうです。リフレッシュを軽く掛けて健康茶みたいな扱いにして商会で売り出そうという話になりまして」

「……へー」

「でも、ただ売り出しても売れないだろうから、擬人化してみたらどうだろうという話にはりまして」

「え?」

「擬人化です」

「擬人化?」

「そうです」

「………成る程?」

「それで、七色の妖精王子を作ろうと」

「…………」

「ちなみにスギナ茶は翠の雫という名でスギナ王子のお茶です」

「えー……」


 若干シリル様が引いていくのが分かったが、私は怯まず話し続ける。


「このスギナプリンスのデザインを一緒に考えませんか?」


 そこまで言い切った時、シリル様が若干ではなくドン引きしているのが分かった。

 大丈夫です! ドン引きされても引き寄せます!

 


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