【042】『王城の礼拝堂2』
突然元第二王子殿下から乱暴な声を掛けられて我に返った。
「え?」
「全て受け取り拒否をして戻すように」
「?」
私は意味が分からず首を傾ける。受け取り拒否? 婚約破棄証書は絶対に譲れない。これは私の未来の侍女長という夢に向かって歩む為に必要な書類だ。
「受け取り拒否とは?」
私の飲み込みの遅さに焦れたのか元第二王子がイライラとした口調で言って来る。
「今、お前の父親がサインをしている大量の書類だ。あれは王家からシトリー家への婚約破棄によって発生した慰謝料だ。シトリー家で受け取り拒否をすれば、王家に戻ってくる」
慰謝料。こんなに大量に書類があるんだ……。王家からシトリー家への誠意のようなものだろうか。
「バーランド君」
何故か今までずっと黙っていた父が口を開いた。
「何ですか」
「婚約式以来だね、君と会うのは」
「そうなりますね。シトリー伯爵」
バーランド君って呼んだ!? 敬称は? 付けないの? 一応元第二王子だよ? 元第二王子も不愉快そうな顔をしているよ?
「僕はね、生まれてこの方、身分や権威に困ったことは一度もないんだよね。生まれは六大侯爵家であるセイヤーズ家の正妻の次男だし、兄は弟を大切に思う人でね、兄弟仲が良かったんだ」
「……それが?」
「君も知っての通り、六大侯爵家は魔力と権威と金に恵まれている。その恩恵を多分に受けて育ったよ」
「はあ」
「もちろん。そのセイヤーズ家は僕の誇りでもある。セイヤーズの一員であることが自信でもあるんだ。君、よく全部捨てたね? 王家の身分と権威と金。一つも残さず捨てたんだね。ちなみに慰謝料はもちろん受け取り拒否はしない。これは王立学園の卒業記念パーティーで娘のロレッタが受けた傷に対する謝罪だからね。全部受け取る。傷はお金では治らないけれど、何もないよりはましだよ。娘が再出発する時に支えてくれるものだからね。これだけあれば、彼女を大学に行かせる事も出来る。そうすれば聖魔法をもっと極める事が出来る。彼女の人生を支えてくれるものだから。親である僕が君の為に受け取り拒否する訳がない。僕はロレッタの親だから。立場によって人の考えは変わるんだよ。皆が皆、君の立場から世界を見ている訳ではないのだから。僕は彼女の親として世界を見ている。僕にとっては、君が一文無しになろうと、身分が剥奪されようと、権威を失おうと、関係ないから。自分の為に他人を脅さないでね。もう一度言うよ、受け取り拒否はしない。そしてロレッタを脅しても無駄。この受取人はロレッタではなくシトリー家宛てだ。そしてシトリー家にはセイヤーズ家が付いている。脅しには屈しない。分かってくれた?」
氷の魔導師は微笑みながら、実家の権威を最大限に利用した。なんだろう? 大人とは思えない手口です。でもお父様、意外に口が回る上に金に貪欲で、身分を笠に着て、虎の威を借る狐タイプなんですね。もの凄く次男ぽいです。
私の前ではセイヤーズ家の話などした事なかったのに。いまいちシトリー家に誇りを持っていなそうだなというのは分かっていましたが。シトリー家などセイヤーズ家の一部くらいに思っているのかしらね。そもそもセイヤーズ家の飛び地みたいだし。