417【15】『幻想から現実へ』
「そんな事よりシリル様っ」
「え? そんなこと?」
私はシリル様をベッドに無理矢理? 座らせると自分はその横の椅子に座る。
ちょっと強引だったでしょうか?
でも、夢のナイトウェアだとかハニートラップの話はゴールが見えない系のお話のようなので、そろそろ私のターンで大丈夫でしょうか?
「シリル様は紫の魔術師であるアシュリ・エルズバーグに用があったかもしれませんが、空間の魔術師を私達が追うのは不可能です。もうそれは魔術の性質上無理なので無理なものを考えてもしかたありません。それよりも喫緊の事案があります。それを先に処理しましょう。先程も言った、ピクニックがてらシトリー領を案内しますので、お昼を持って出掛けましょう。人間の頭脳は朝が一番明晰です。ならばそれは今です。今、私はルーシュ様とシリル様にお伝えしなければいけないことがあるのです。それは第五聖女に掛ける治癒魔術の件になりますが、たぶん次にアシュリ・エルズバーグという人に会った時がその時になります。その時にこちらの扉とあちらの扉が開く筈です。その日までに私達は全てを段取っておかないといけないのです」
「……君とアシュリ・エルズバーグが一夜を共に明かした案件ね?」
その言い方、微妙に引っかかります、シリル様。
「シリル様、意図的に単語を抜かさないで下さい。私とアシュリ・エルズバーグが魔法談義で一晩明かした件です」
「まあ、そうとも言う」
「彼には私の魔術理論を全て話しました。何故なら私以外の人間に理論を知っておいて欲しかったという件もありますが、それだけではありません。彼と私の連携が必要なのです。この理論は空間の魔術師あっての理論。彼がいなければ構築出来ない。つまりその魔術を執行する場には聖女が一人と空間の魔術師が一人いなければいけないのです。そして息を合わせなければいけない。双子王子殿下に立ち合って頂き、魔術継承を行いたいところでもあるし、アリスターにも立ち会わせたい。あの子はまだ子供ですが、空間魔法の担い手。クロマルの助けを借りることが出来れば、彼はこの世で二人目の執行者になれるのです。知って無駄とは思いません」
「ふーん。成る程ね」
シリル様は少し考えてから口を開く。
「大体の要件は分かった。弟達は学生だからね、急な案件でも対処できる。事前に文書で伝えて置こう。僕らは魔法省の出張扱いだからね、立ち会うのに問題はない。必要なものがあるのなら影に用意をさせよう。そういえば――」
「そういえば?」
「影とは会った?」
シリル様の声は少し低くなった気がした。
影とは?
この場で言う後者の影とはもちろん一人。
ソフィリアの街でアシュリ・エルズバーグを手引きした影のことだろう。
それしか考えられない。
私は会っています。
「……会いました」
「何か言われた?」
「聖女は光の中を、影は闇の中を歩くもの。一生涯交わらぬものと言われました」
「……ふーん」
「私の勘が正しければ、彼はもうこの屋敷にはいませんよ?」
「そうだろうね?」
そう。彼はアシュリ・エルズバーグに忠誠を誓っているのだろうし、とんだ伏兵? つまりシリル様が来ることを予期して置いて、この場に止まるとは考えにくい。次にお互いが会うときは、必ずアシュリ・エルズバーグが同席する筈だ。そしてたぶん、いや、たぶんではなく限りなく絶対に近いのだが、第五聖女の魔術執行を補佐することを条件に、ソフィリアでの離脱の件に目を瞑るように言って来るだろう。そうでなければ、ここにいて、私と鉢合わせをした意味が半減する。
どうしよう? それは王家の権威を乱す事に繋がってしまう? 離脱行動を起こした影を見逃すなんて……。支配が絶対的ではなくなってしまう?
「ロレッタ?」
「…………はい」
「影の件は君が最善を尽くそうとしていることの足枷に感じなくていいからね?」
「…………」
「君が裏切った訳じゃない。君がスパイ行為をした訳じゃない。影がした罪は影のみが背負う。君は気にしなくていい。もし影の罪を見逃せと言われても、それは僕がアシュリ・エルズバーグに言われているのであって、僕と彼の問題になる。決断は僕の責任において執り行う。君が気に病むことは一つもない。君は聖女だから、助けたいものを助ければよい。シンプルに考えて」
私は微塵も動じる事のないシリル様を見る。
「アクランド王国の権威は揺るぎませんか?」
シリル様は静かに頷く。
「六賢者とは即ち王の部下。アシュリ・エルズバーグの上に立つ者が王なのだから」
そう言って、彼は小さく笑った。
そんな些末なことでは揺らがないと。
アシュリ・エルズバーグは王の部下であり、アシュリ・エルズバーグの部下もそれに連なる者という意味でしょうか?
私は小さく笑ったシリル様を見る。
彼はアクランド王国の第一王子であり王太子殿下。
王ではない。
王ではないけれど。
彼の余裕のある笑いと、その瞳の色が、王を連想させずにはいられないのだ。
金色の髪と瞳は王家の血統継承者。
王の色と言われているのだから。